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2017-12-11

アナザーストーリーズ 運命の分岐点「浅田真央 伝説のソチ五輪」(再)@BSプレミアム 12/11 18:00-19:00→タラソワの怒り「真央が金メダルを取れなかったのは悲劇。バンクーバー五輪で金メダルを取れなかったのは前日に散々練習を取材し、真央を休ませなかったTVクルーのせい」

気づくのが遅れて、15分過ぎたところで見始めたのだが、
 パート1 プルシェンコへのインタビュー
 パート2 ソチ五輪フィギュア女子金メダルのソトニコワへのインタビュー
 パート3 コーチにして振付師のタチアナ・タラソワへのインタビュー
の3部構成。何が凄いって
 ソトニコワとタラソワへのインタビュー内容がきっちり取れている
ところだ。


12月11日(月) 午後6時00分 アナザーストーリーズ 運命の分岐点「浅田真央 伝説のソチ五輪」
浅田真央が生涯最高得点を出した、ソチ五輪フリー。滑走終了とともに涙したその演技は、浅田自身最も強く記憶しているという。ショートプログラムの失敗からなぜ1日で立ち直ることが出来たのか?3年経った今も語り継がれる伝説の4分間。

今年引退したフィギュアスケート浅田真央が最も深く記憶に残った演技と語るソチ五輪フリー。あの伝説の演技の知られざる舞台裏!銀メダルに終わったバンクーバー五輪から4年、リベンジを誓ったソチ。だが初日のSPに失敗、16位と出遅れる。誰もが諦めた中、翌日のフリーで生涯最高得点をたたき出せたのはなぜだったのか?日本中が泣いた奇跡の演技の知られざるエピソードをあの皇帝プルシェンコらロシアの名選手たちが証言。(以下略)

ロシアが誇る
 ヘンタイにして天才のプルシェンコ
だけれども、フィギュアスケートの世界では
 並外れた才能を持つ選手同士が互いをリスペクトする文化
が存在する。男子ではプルシェンコがダントツで、羽生結弦選手の
 憧れの選手
であり、羽生選手はジュニア時代からしばらく
 プルシェンコの髪形を真似て、マッシュルームカット
にしていたのは有名だけれども、そのプルシェンコが浅田真央をリスペクトしている。
何故かと言えば
 男子は4回転ジャンプに挑まなくても金メダルを取れちゃったバンクーバー五輪という黒歴史
が背後にある。あのとき
 プルシェンコは満身創痍ながら、4回転ジャンプを跳び、浅田真央は、女子にそんなジャンプは不要と散々ISUやスケ連に「意地悪」されつつ、3Aを跳んだ
のである。
その後の競技の流れは
 男子は4回転ジャンプ必須
 女子は3-3のコンビネーションジャンプ必須
という
 技術重視の方向、しかし女子の3Aは相変わらずキビシイ採点
へ向かった。今現在は
 あまりにもジャンプ偏重
となって
 プルシェンコや浅田真央が磨いた「美しく滑る技術」はなおざりにされている
というのが、私の見るところだ。
 高度なジャンプと確かなスケーティング技術

 プルシェンコや浅田真央のフィギュアスケート
だった。それをこの番組は再確認させてくれた。

ソトニコワは、
 真央の御蔭で、要らぬプレッシャーから解放され、ソチ五輪に出られ、優勝もできた
と語った。ソチ五輪シーズンのGPシリーズ初戦の
 ロシア杯
で、優勝したのは浅田真央。ジャンプが得意だが、情感という点ではまだ及ばなかった若かったソトニコワは、それからすっかり萎縮してしまった。
 真央、コストナー、「見せられる選手」に負けるのでは
という思いが頭を離れず、スランプに陥り、熱狂する地元の応援を負担に感じて
 いっそスケートを辞めようか
とまで思い詰めたという。その時、彼女を救ったのは
 一緒にアイスショーに出て欲しい
という浅田真央からの申し出だった。名選手達が氷上で舞うそのアイスショーで、ソトニコワは自信を取り戻し、地元五輪で金メダルを獲得した。
ソチ五輪のエキシビションで、浅田真央と一緒になったソトニコワは、真央に抱きつき、
 私は勝ったけれども、あなたをリスペクトしている
と告げたという。それほど、浅田真央の
 ソチ五輪フリー「ラフマニノフのピアノ協奏曲2番」の演技
は、ソトニコワの魂を芯から揺さぶった。
寒冷地の人の常、表面的には
 クールに見える北国の人達

 魂はいつも熱い
のだ。

タチアナ・タラソワへのインタビューには更に度肝を抜かれた。

フィギュアおたくの間では
 おばちゃん
などと呼ばれて愛されているタチアナ・タラソワは、
 名振付師であり名コーチ
だ。パパがソ連時代のアイスホッケーの英雄であることも与り、その威光はいまもロシアで輝いている。
浅田真央の五輪での成績について、タラソワは
 あれは悲劇だった
と断言する。
フリー後半でジャンプのミスが目立ち、銀メダルに終わったバンクーバー五輪では
 SPとフリーの間の1日を、タラソワコーチは休養に充てようとしたが、TVの取材が入っており、浅田真央は休むことができず、練習を続け、ふらふらになっていた。そのせいで、フリーの後半に体力がなかった。
と指摘する。
どこの局だよ、NHKじゃあるまいな。
ソチ五輪も
 悲劇
だったとタラソワは言う。そう、浅田真央は最愛の母を直前に亡くしている。
なかなか決まらないバンクーバー五輪前の浅田真央のコーチを、タラソワに願い出たのは
 母匡子さん
だったという。タラソワは
 あのおかあさんは偉かった。普通、才能のある子どもの親は、コーチにあれこれ言いたいはずなのに、すべて私に任せてくれた。
と話した。
 ずっと真央の側にいたのだから
とタラソワは続けた。亡くなる直前に、匡子さんは、タラソワに手紙を出しているという。そこには感謝の言葉と、匡子さんの現状が綴られていた。

タラソワは、佐藤コーチの映像を見ながら
 このフリーの演技を見て、佐藤コーチも、SPで同じような演技ができていたら、と思ったんじゃないかしら
と呟いた。
タラソワは、ソチ五輪フリーの浅田真央のステップを
 わたしの最高傑作!
と誇って止まない。
 あと5年くらいは、これを越えるステップは出ないわ!
とまで言う。希有な才能同士が最高を求めて磨き上げたプログラム
 「真央とわたしとで作り上げたステップ」
だもんな。

あのソチ五輪フリーの浅田真央の演技を見ると
 ジャンプ全盛の今のフィギュアに足りないもの
が何であるかが見えてくる。採点の対象となる演技と演技の間の「繋ぎ」でも、
 浅田真央は決して休んでいない
のだ。
アイスホッケーの選手だった知り合いは、
 ジャンプを一から見直す
と言って、佐藤コーチに付いて、基本からやり直した浅田真央の滑りを見て
 左右どちらも偏りなく滑ることができる選手はほとんどいない
と驚嘆していた。常に
 方向転換を迫られるアイスホッケーの選手
ならではの視点だろう。いまは競技では行われない
 コンパルソリー(フィギュアの「規定」。決められた図形を滑る)
だけれども、同じ佐藤コーチの元で練習していた小塚崇彦が
 浅田さんは、コンパルソリーも上手だった
と言ってたっけ。

ジャンプの精度が自分の判断基準に満たないからだろう、競技からは引退したけれども、浅田真央の遺した
 ソチ五輪フリーの演技
は、今尚人の心を揺さぶらずにはいない。ソトニコワは、ビデオを見ながら言った
 これを見て、泣かない人なんているの?
と。
遂に金メダルには届かなかったが、浅田真央のソチ五輪フリーの演技は、今も見る人の感情を動かす。
番組は最後
 浅田真央のソチ五輪フリーの演技をノーカット
で流した。

今も覚えている。
ソチ五輪のフィギュア競技の期間、私は台湾で調査をしていた。
台湾では、ホテルのTVでNHK BSを見ることが出来た。
SPで精彩を欠き、浅田真央がメダル圏内から遠ざかったことを告げるBSニュースのアナウンサーは、
 小野塚康之アナ
だったが
 まるでお通夜
のような痛切な表情だった。あの夜、日本中の浅田真央ファンのおじさん達は、みんな同じような顔をしていたに違いない。
それから1日。浅田真央は氷上で復活し、輝いた。

おまけ。
2014-02-21 ソチ五輪 浅田真央 8回 6種類の3回転ジャンプを決める(速報)
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2014/02/8-63-2891.html

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