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2018-01-22

川合康三・富永一登・釜谷武志・和田英信・浅見洋二・緑川英樹訳注『文選』詩編(一)岩波文庫 2018年1月16日

満を持して
 『文選』詩編 現代語訳の岩波文庫本
の刊行が始まった。
訳注には
 川合康三(唐宋文学)
 富永一登((六朝文学)
 釜谷武志(漢代〜六朝文学)
 和田英信(中国古典詩全般と日本漢文)
 浅見洋二(唐宋文学)
 緑川英樹(唐宋文学)
の六氏が携わっているので、twitter上では早速
 「六人注文選」
なる愛称がついた。現在、『文選』の詩編を読むのには最適な六人の中国文学研究者が選ばれたと言って良いだろう。専門は必ずしも六朝文学ではないのが『文選』という書物の「あり方」を如実に示している。
川合康三先生の巻末「あとがき」によると、この『文選』詩編の刊行に当たっては、
 岩波の編集者も参加した上で、毎月一回、数年間かけて担当者が訳注を作成し、更に数年掛けて、訳文や注釈に手を入れて、一般の読者が読みやすい形にした
旨が書かれている。『文選』を読むためには、膨大な「下調べ」が必要だ。その
 水面下の水鳥の水掻き
の部分は、本文からは窺い知れないほど、徹底的に手が入っている。

『文選』を大学の中国文学専攻の学部演習で読む場合の標準的なやり方は次の通りだ。
1. 中国音を調べ、まず中国音で通読する(大学によっては省略されるかも知れない)
2. 伝統的な「漢文訓読」で訓点(返り点と送り仮名)を付す
3. 韻文(詩は韻文)の場合は、押韻の箇所を指摘し、韻の種類を『廣韻』で調べる
4. 典拠のある語を調べて説明し、意味を述べる(『文選』の場合は、李善注の中味を調べ、かつそれでも足りない部分を補う)(補注: 典拠はもちろん、原典にあたる。すでに佚書になっている場合は、その旨も指摘する。出典『大漢和辞典』なんてことをやらかすと、その後、研究室内で信用を失う)
5. 全体を通釈する(通釈では、場合によっては五臣注や日本にのみ残る『文選集注』も参照して訳文を作成する。読みがたい語の場合は、日本の訓点を援用することがある。)
学部の授業では、大体、1首に1時間掛ける。
京大中文では
 3-4回生の必修科目
であり、
 古典文学志望だろうと、現代・当代文学志望だろうと、『文選』を読む
ことになっていた。わたしが3回生の時は、残念ながら、川合康三先生が、1年間の在外研究で、Harvard大学燕京研究所に出られたので、半年だけ巻三十一「江淹雜體詩三十首」を途中までやって終わった。わたしは「班婕妤 詠扇」を担当した。
岩波の
 『文選』詩編読解月例会
では、中国音で読んだかどうかはともかく、上記の手順で、まず担当者のレジュメがたたき台となり、一つ一つ訳語や注釈する語彙の取捨選択が行われたことと思われる。

ところで京大中文が
 『文選』必修
なのは、
 『文選』成立以降の中国文学が『文選』抜きでは成立しえなかった
からである。

中国の高等文官選抜試験である科挙では、詩文の才も試されるのだが、その基礎的な準備に『文選』は「デファクトスタンダード」の教科書として君臨した。唐宋以降の文学では、『文選』に典拠を持つ言葉が広く「文人間の常識」として用いられている。
 中国の文人
とは
 職業的作家
だけではなく、
 科挙をパスした秀才たち(=高級官僚試験の合格者の称である)
が含まれる。「秀才」彼らこそが
 世を動かす実利の世界で官界遊泳しつつ、新しい時代の文学の基準となる作品を生み出す役割も果たす
のである。
科挙合格には、『文選』内の語句を薬籠中のモノとするだけでは足りなくなるのが宋代後半で、川合康三先生は、「解説」で

つまり『文選』は一見さも文学らしい詩文を作るために必要な素材であったとともに、独自の文学を創ろうとする者にとっては克服すべき対象であったのだ。

と鋭く指摘している。この「解説」は『文選』を足掛とした中国文学史の端的な見取り図でもある。今後、大学の教養程度の中国文学史概説・漢文学概説等の講義では、必ず「参考文献」としてあげられることとなるだろう。
すでに訳稿は完成しており、今後逐次出版されることとなる。全六巻の刊行が待ち遠しい。
また、川合康三先生の「解説」では、昭明太子蕭統の序に関説されているのだが、
 漢文に馴染みの薄い一般読者
のためにも
 是非、二巻以降に「文選序」の訳注も入れて頂きたい
ものだ。

ところで、
 訳注担当が全員男性研究者
というのが、
 日本における中国学の現在
を示していて寂しい。
訳注者を選任したのは、川合康三先生だと思うけれども
 川合先生の眼鏡にかなう女性研究者がいなかった
ということなのだろう。
 育たなかったのか、育てられなかったのか
それは、分からないけれども
 日本の中国古典文学研究で『文選』を自由に読みこなす女性研究者がいない
ということなのであれば、残念な話だ。

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