藤井聡太竜王 棋理を求めて
藤井聡太竜王は、竜王位を得て初の10代四冠となり、現在、渡辺明王将(名人・棋王)とタイトル戦 第71期ALSOK杯王将戦 七番勝負を行っている。
二日制タイトル戦を藤井聡太竜王と渡辺明王将が戦うのは初めてで、二日制では安定した成績を挙げている渡辺明王将が有利かとみられていたのだが、第2局までの成績は藤井聡太竜王の2連勝。第1局こそ力と力の激突となったものの、藤井聡太竜王は、1日目に
「指してみたかった」8六歩
という、渡辺明王将の念頭にないのはもちろん、多くのプロ棋士ですら選ぶのが難しい指し手を選択、渡辺明王将は対応に苦慮した。
第2局では渡辺明王将は1日目にその後驚くべき経過をたどることとなる緩手を指し、勝負は1日目でほぼ決着した。2日目は、いつ投了してもおかしくないような局面で、ともかくも16時過ぎまで指し継いだというのが現実だった。ゲームではあるが、興行という側面ももつ将棋のタイトル戦、2日目夕方まではいくら形勢が思わしくなかったとしても、なんとか指し続けなければ各方面に申し訳が立たない、という事情がある。
藤井聡太竜王の2連勝で、この番勝負、藤井聡太竜王に有利になってきている。これから渡辺明王将が五番の内四つ勝つのはかなり難しい。
渡辺明王将はこれまでのタイトル戦では
(終盤は)自分をよくする形にして指していれば、そのうち相手が間違えてくれて勝つ
と、『将棋のワタナベくん』の中で述べている。しかし、藤井聡太竜王は
終盤間違えない、絶対的な力
を持つ棋士だ。弱冠にも満たない小学6年生の12歲から、プロ棋士、詰将棋作家が出場する
詰将棋解答選手権チャンピオン戦で優勝
し、連覇してきた実力を考えれば、
世界一詰将棋が強く、終盤はほぼ間違えない
のである。ミス待ちで勝てる相手ではないのだ。
そうすると、渡辺明王将が今後勝つためには
序盤で圧倒してその差をキープ
するくらいしか戦略がない。しかし、AIを駆使して序盤中盤研究を深化させている藤井聡太竜王は、このところぐっと序盤中盤の差し回しが確実で、しかも「辛い(からい)手」を選ぶ傾向にある。渡辺明王将は、困難な防衛戦を戦っている状況である。
王将戦第2局2日目の解説は広瀬章人八段だった。広瀬章人八段といえば
2019年11月19日の王将戦最終リーグ戦で、藤井聡太七段(当時)を頓死で負かし、タイトル戦初挑戦を阻止した
という因縁の相手でもある。その広瀬章人八段が、解説の中で
最近の若い棋士は藤井さんの将棋ばかりを研究している
と話していた。
藤井将棋が、「未来の将棋」として広くプロに認知されている
ことを示すエピソードである。
もっとも、もし若い棋士が「藤井将棋」をマネしたとしても、藤井聡太竜王のように指せるようになるかはわからない。
以前、まだ五段時代に師匠の杉本昌隆八段がニコ生だったか、Abemaだったか、藤井聡太五段の対局を解説していたときに
藤井は小学生の頃から、定跡にない手、変わった手を指すのが好きでした
と語っていた。5才で将棋を覚え、瞬く間に上達し(小学校1年生の段階ですでにアマ初段くらいはあったと言われている)、定跡をそのまま飲み込むのではなく、工夫を続けてきた先に現在の「藤井将棋」はある。
頭の鍛え方が違うのだ。その時、杉本昌隆八段は、こんな話もしていた。
藤井が、電話で、この局面はこうすればいいんじゃないかと難しい話をするんですが、さっぱりわからないので、そうだね、と答えておきました
と。その
さっぱりわからない複雑で難解な手順
こそが、いまの藤井将棋の源流にあるだろう。もう4年も、そんな手筋を、起きている間はずっと考えてきているのだ。よく
藤井さんは読みが速くて深い
と言われるが、それはこうした日々の積み重ねの上に成り立っているのである。
そして、藤井聡太竜王が相手が誰であろうとも
勝負に辛い(からい)
のは、子どもの頃から変わらない。まだ小学1年生だか2年生だかの頃、大人に交じってアマチュア棋戦に出場、腕自慢の大人達を
ボコボコにした
という逸話の持ち主である。(もちろん、現在プロ棋士になっている人々で、幼少時に将棋を覚えている場合は、大体みんな同様のエピソードを持つ「神童」だった)
将棋は年齢に関係なく大人に勝てるのがいいです
と、以前、藤井聡太竜王は語っていた。藤井聡太竜王は見た目がソフトな印象なので、余り気づかれないが
友達をなくす手
を四段時代からよく指していた。いくつか選択肢がある内でも
相手を完膚なきまでに打ちのめす手を選ぶ
のだ。小学2年生の藤井聡太少年が初めて臨んだ
詰将棋解答選手権の写真
には、まだあどけない男の子が眼光鋭く、問題を解く姿が残っている。詰将棋解答選手権でも、本将棋の対局でも、藤井聡太竜王の射るような眼光の鋭さは今も変わらない。
定跡以外の手はないのか、それを探求していた子どもの頃から、藤井聡太竜王には
もっと上に行けば開ける将棋の広い世界
が見えていたのではないか。
将棋をめぐるメディアは、書き手が自分の「理解の及ぶ範囲」で藤井聡太竜王を描こうとしてことごとく失敗している。
これまでの「定跡」が効かない、それが藤井聡太竜王だ。
新たなヒーローには、新たな描かれ方が必要になる。