2011-02-08

視覚を制御する

子どもの頃、もの凄く不器用だった。今でも、相当不器用である。
不器用の原因の一つは、
 視覚が制御できてなかった
ことで、左右の目で見ているモノが違う
 複視
の状態だと、見ているモノが途中で入れ替わったりするから、手元がおぼつかない。斜視のリハビリに使う機械に
 黒い、交差した曲線の上を電気信号を発するペンでなぞって、外れるとアラームが鳴る訓練器具
があるんだけど、これが出来なかった。両眼視が獲得されていれば、間違いっこないのだが、複視があった上に、どうも右手の動きがおかしかったらしい。

それと、もう一つ、
 握りばさみしか与えられてなかった
のも、不器用に輪を掛けた。幼稚園に行く前の子どもだから、
 紙を切って遊ぶ
のは、毎日の楽しみなんだけど、握りばさみは子どもには扱いが難しい。柄に近い方の刃の角で、毎日のように親指に切り傷を作っていた。幼稚園に行ったら
 工作用の洋鋏
を与えられ、普通に使うようになったので、怪我はしなくなった。
以後
 適切な道具さえあれば、不器用でもなんとかなる
ということを肝に銘じた。アーミーナイフでなんとかするよりは、専用の道具を数揃える方が、わたしのように不器用な人間は、結局、楽だし、失敗しないで済む。
縫い物も好きだったけど、針で指先は穴だらけになっていた。これは手技がほとんどなので、起こりうるトラブルを回避できる適切な道具がない。編み物も同様である。反復して覚えていくしかない。

視覚の制御と、右手の制御は、わたしの場合は、ある程度連動していたのだろうと思う。
今でも、なにかあると、右手がひどく震えたりするから、子どもの頃は、外から見て分からない程度に、不随意に痙攣してたのではないかと思う。不器用だと笑われ、あるいは
 怠けている
と疑われ、
 やる気がないんでしょ
と叱られ、自分がいけないと思い込んでいたけど、結局、身体制御の問題だったんだろう、と今では思う。おおよそ、大人というものにとって
 子どもの病気や障碍
は、自分たちの健全さを著しく傷つけ、脅かすものだから、特に何か障碍がありそうな時には、多くの大人は、最初は
 見なかったこと
にしたがる。それが
 健常者の「弱さ」
なのだが、そのことは誰も指摘しない。

右手の痙攣は幸い軽かったようで、かなりの年月を掛けて、普通のヒトと見た目は変わらない程度に、手を動かせるようになった。今でもいくつかの動作はできない。たとえば、中学〜大学まで必修になる体育実技の中でいうと
 バスケットボールのドリブル

 バレーボールのオーバーハンドレシーブ
ができない。それと
 紐などを結んだり、ものを畳む
のが、大変にへたくそで、いまでもきちんとした、ほどけにくい蝶結びができない。紐結びのような手の動きが身につかないのは、片眼しか見えてなくて、立体視が出来ないのと、多少は関係があるのかも知れないけど。こういう運動は
 文字通り、手を取ってもらわないと覚えない
のである。
 見て覚えるということができない
のだ。
新しい運動を覚えるときは、ひどく時間がかかるが、その運動に必要な「回路」が頭の中にできてさえしまえば、それほど失敗はしなくなる。どこかで何か、他のヒトとは一つ以上余計な経路を挟んでいるのかどうか知らないけど、わたしに
 体の動き
を教えようとするヒトは、本当に苦労する。ヒトの何倍も掛けないと、体が覚えてくれないからで、大抵は根負けしてしまう。見た目、普通のヒトと変わらないから、わたしの
 飲み込みの悪さ
に、時間を掛けて教えてくれようとする親切な人たちが、絶望的な気分になるのは、致し方ないし、申し訳なく思っている。あるいは、体の動きが、立体ではなく、線でしかイメージできないからかも知れない。

たぶん、今も、わたしと似たような子ども達がいて、見た目は普通の子と変わらないのに、何か体を動かしてする、あらゆる作業の飲み込みが悪くて、
 愚図だののろまだの
と罵られたり、
 怠け者とか大人をバカにしてるとか
誤解されてるんじゃないかと思う。
その子達には悪気はないんです、とわたしから代わりに謝っておく。

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2010-07-23

大暑

暦の上でも、実際にも
 大暑
な今日。暑さは弱視の大敵である。
汗が目に入ると、それだけで視力がやられる。
高校回り(大学教員はリクルート活動もやる)をしたことがあって、その年も暑い夏で、かなり汗で視力を損ない、回復に時間が掛かった。

今年になってから、どうやら
 毛様体の動きが鈍い
ようで、眼精疲労が凄いことになってきた。視力は一昨年同様、
 いい方の左目が0.01で悪い方は「漢字で書く視力」
である。
両眼視力を足して0.02以下が社会的盲ということらしいんだけど、そのレベルはとっくの昔なわけで、
 医学的には文字が読めないはずなのに読めている状態
に、実はもう随分前からなっている。こういう状態は
 幼少時から弱視だった場合
には、そう珍しくはない。つか、
 凖盲で0.04未満〜0.02以上
らしいんだけど、自分が該当すると思ったことはないぞ。幸せなことなのかも知れないけど。

中途失明の人達は、幼少時から弱視だった場合と比較して、低視力への順応期間があまりなかったりするから、いろいろ大変だろうと思う。喪失感が凄いだろうなあ。
人並みに見えたことがないから、視力が失われたことについては、あんまり悲しいと思ったことはない。
そもそも、生まれてから一度も両眼視を獲得してないから、立体写真だの、3DTVとか言われても、全く関係ない。
ステレオの訓練は、斜視の手術の後、イヤになるほどやったけど、一度も立体視はできなかった。子供用のステレオの検査は、
 籠に小鳥を入れる
とか
 輪投げの輪を入れる
とか、カラーの楽しい絵が左右で違っているものを見せて、どの角度でステレオができるかどうか見るんだけど、一度も、籠の中に小鳥は入らなかったし、輪投げの輪もちゃんとささったことがない。あと、ステレオの検査には
 蜂の立体写真を見せて、羽を触らせる
というのもあったけど、立体に見えないとちゃんと結果が出ない。

結局、生まれてからずっと疑似ステレオの世界で生きているが、球技をやらない限りは、そう問題はない。

来月からは調査旅行に出かける。木簡を見たりする。
木簡を読むのは訓練が必要なんだけど、こっちの視力が落ちたから、せっかく獲得した技能を発揮できないのが残念だ。それでも、まだ見ればわかることはある。

弱視なのに、4歳の頃から文字を読むのに特化させちゃったから、ある意味、
 パラリンピックの義足のランナー
と似たところがある。小学生の頃は、日曜の朝は寝床で漢和辞典を読んだり、雨の日は電話帳を読んだりしていた。子どもの頃から二十歳までにインプットした文字の形態情報を頼りに、この視力でもまだ仕事を続けられるのは、幸せなことだな。

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2010-01-29

iPadで義務教育の教科書を 弱視や手に障碍のある生徒も同じ教科書を使える利点 iPadによい「日本語読み上げソフト」を

昨夜、1時間30分あまりにわたる、JobsのiPad keynote podcastを見た。Appleファンは、なんだかんだ言っても
 Jobsの卓越したプレゼン
を見たいのだと思う。1984年のMacintoshのプレゼンもそうだけど、
 世界で一番プレゼンの上手い男がJobs
だと思う。どうしたらスタイリッシュに、
 持ったら楽しくなると思えるハードやソフトを世界に公開する
か、ということに、Jobsは賭けてきたし、実際、そう思わせてきた。

Jobsのこれまでのkeynotesの一部はAppleがpodcastで配信している。
iTune storeでも無料で配信している。
一回見るだけでイイなら、Appleのサイトから見ればいいし、Jobsのプレゼンを保存しておきたいなら、iTunes storeから落とせばいい。1Gくらいあったけどね。

少なくとも、
 kindleはどうするよ
という出来だ。プレゼンの中でJobsはkindleを紹介し、電子出版の先駆者として讃えていたけど、ハードの出来としては、iPadの方が格段に上だ。もっとも
 ただのでかいiPod touchじゃん
というヒトもいるだろう。
 マルチタスクじゃないのがサイテー
と言ってるヒトもいる。ま、
 電子書見台
というのがiPadの一番の用途だから、横で辞書ぐらい引けた方がいいとは思うけどね。

ところで、このiPadに刺激されて、未来を見ている人達もたくさんいる。
古川亨さんは、
 iPad100本ノック(になるのか、まだ微妙だけど)のアイデア出し
をtwitterでずっとやっている。ここね。さっき見たときは
 iPadアプリ83
まで行った所だった。

音楽への応用では、こんな素晴らしいアイデアが。
PadScore(仮称)
plusaddさんのアイデアが現在#padscoreでいろいろつぶやかれている模様。

で。
わたしの考えた
 iPadの利用法
はずばり
 教科書の電子化
だ。特に
 弱視生徒のために、iPadを教科書のプラットフォームに採用
してほしい、と思う。わたしは幸いに近距離視力(30cmの距離からはかる)があるので、拡大教科書のお世話にならなくて済んだのだが、弱視の生徒たちの中には、近距離視力も低い子ども達がいる。彼らは、文字や図表を拡大して書き直した
 拡大教科書
のお世話になっている。
ただ、問題は
 拡大教科書は嵩張る
という点だ。物理的に拡大しているからそうなってしまう。

だったら、
 最初から電子化教科書を
と思う。拡大・縮小も、ページめくりも楽なのが電子教科書だ。
弱視の生徒たちだけでなく、手などの運動機能に障碍がある子ども達にも
 電子教科書
は、一つの回答になるだろう。そのままタッチしてページをめくるのが難しかったとしても、他のデバイスを併用することで、そうした子ども達も、自由に教科書を読むことが出来るようになる。

もう一つ、
 iPadに、よい、日本語読み上げソフト
が供給されることを望む。日本語読み上げは漢字の読み方が一意に定まらないために難しいのだが、もし、教科書に採用されるとするなら、
 正しく教科書を読めるソフト
でないと困ってしまう。
 電子教科書と正確な日本語読み上げソフト
は、日本の学校の風景を一変させてしまうかも知れない。障碍のある子に便利なデバイスは、健常な子ども達にとっても役に立つ。その内
 学校には、電子教科書
というのが常識になるかも知れない。重い教科書を登下校で持ち歩くのではなく、デバイスを必要な場所に置いて、その都度電子化教科書を開く、という形態になっていくのではないか。
電子教科書なら
 音声も画像も動画も入れられる
わけで、授業の楽しさは更に拡がるし、理解を深めるのにも役立つ。

Jobsの示した
 iPad最低価格$499
は、教育現場でiPadが教科書表示デバイスとして利用可能な価格提示だと思う。

文字の拡大可能な書籍、という観点からすると
 年を取ると活字を読むのが辛い高齢者
にとっても、iPadは福音だ。
 知的欲求が高いのに、身体的制限で読書を諦めている高齢者層の書籍販売の需要掘り起こし
をすることになる。果たして日本の出版社が、
 紙の書籍第一主義
から抜け出せるかどうか。5万円前後で、楽に読める本が出来るなら、たぶんこれからの高齢者はこの手のデバイスを買ってくれるはずだ。当然
 本(コンテンツ)も買ってくれる
だろう。

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2009-11-09

東大社研から科研の世論調査アンケートが来た件 世論調査の作られ方

郵便受けに大きな封筒が入ってると思ったら
 東大社研
の封筒で、中身は
 科研で世論調査するからアンケートに答えろ
という内容。依頼は丁寧だが、ちらっと眺めたら、聞いてる中身がどうも丁寧に答えれば答えるほどアホらしくなる内容である。
一般市民に、無作為抽出でクロネコメールで送っているようなんだが、研究者から見ると
 こんなアンケートで科研の業績になるの?
という内容。アンケートには答えてあげるという仏のような市民を除き、たいていの一般市民なら当然うんざりしそうな内容のアンケートである。てか、この設問のセンスのなさはなんだろう。

設問の多さは、健常者でもたぶんイヤになると思う。
で、
 視覚障碍者に普通の大きさの文字で、かつ大量の設問入りアンケートを送ってこない
ように。役所の書類を書くときに視覚障碍者がどれだけ呻吟してるか、たぶん送付した方は考えてもいないだろう。

たまに、市の調査なんかでも
 無作為に選んで
とか言って、
 普通の大きさの文字で、大量の設問入りアンケートを送付してくる
のであるが、一切答えないことにしている。というか
 決められた場所に、印を付ける
というのは、視覚障碍者が一番不得手な作業である。だいたい紙アンケートなんぞに答えると、その日は一日他の仕事が出来なくなるのだ。
 そんなに潤沢に視力が余っているわけではない
のに、送ってくる方は何も考えてないからな。

ちなみに
 東大社研のアンケートにはボールペンが1本
入っていたから、これが
 御礼
なんだろうな。

今回はたまたま
 視覚障碍のある研究者
に届いたのが不運ということで、わたしからの回収は諦めて頂戴。てか、視覚障碍がなくても、普通の研究者は回答しないだろうな。すごくバカにされたような気分になる設問が並んでるんだもん。

ボールペン1本もらって、答えなくてはいけない設問には
 前回の衆院選の投票行動
のほか
 現在の年収や職業
といったおなじみの項目のほかに、なんと吃驚、
 自分が生まれたときの両親の国籍が日本国籍かどうか
なんて質問がある。すげー微妙というか、無茶振りの設問。対面式のアンケートでやるべき設問じゃないのか。

てか
 ボールペン1本でこんな質問に答えて、親や自分のプライバシーを売り払う人間
がいるのかどうか、謎だけど。こうした
 親の国籍にまで関わるような微妙な設問が「科研のアンケートだから、誠意ある回答が得られる」
と信じてる段階で、たぶん、いろいろ間違っている悪寒。
 郵送してヒモがついてる時点
で、つまり
 東大社研のリストには回答者の住所と氏名がある
訳で、それに
 年齢とか性別とか年収とか「生まれたときの親の国籍」とかがリンクする恐れ
がある。整理番号ついてるしな。
もちろん
 悪用しません
とは断っているけど、科研のアンケート処理のプライバシーに関する配慮って、どの程度あるかなんて結局は分からない。
そして、このアンケートの依頼状の気味の悪い所は
 研究分担者の名前がない
点である。てか
 研究代表者
はいるんだけど、残りの大学関係者はみんな
 研究協力者
なのね。研究分担者をリストに入れて、アンケートの責任の所在を明らかにするのはまだ分かるような気がするが、
 研究協力者がアンケート依頼の責任者リストに入っている
って、普通ですか?初めて見たんだけど。研究協力者って、日本人院生でも留学生でもなれちゃうわけで、あんまり説得力を感じない。

で、「生まれたときの親の国籍」などという最も難しいプライバシーに関わる質問は失敗するんじゃないの?はっきり言うけど
 対面式で調査するべき項目を郵送アンケートで処理しようとしているのは手抜き
じゃないかと思う。ボールペン1本もらった程度で
 親はわたしが生まれたときは日本国籍をもってませんでした
なんて、わざわざ書く人っているのかなあ。対面式でも信頼できる結果が得られるかどうかは、結構難しいかも知れない設問である。

しかし、この信頼できる結果がでるかどうか謎なアンケートは統計処理されて報告書になる上に
 アンケート協力者に報告書を送ってくる
って話で、依頼している方は、
 ありがたく思え
と思っているのかも知れないが、普通のヒトは
 いらねえよ、そんな報告書
なんじゃないのか。科研の報告書をもらって嬉しいヒトって、その分野の研究者だけだろうし、その分野の研究者であったとしても、アンケート結果の報告書は貰ってもほとんど使い道がないでしょ。

いろんな意味で世間の一般的な「気持ち」とズレまくっているところが凄い。

で、このアンケートが報告書になった暁には、きっとどっかのマスコミが
 東大社研の調査で〜ということがわかった
とかいう提灯記事を書くに違いない。楽しみにしてるよ。東大社研だと朝日とか毎日辺りが食いつくのかね。

続き。(11/10 8:50)
社会調査を行う経済学研究者である畏友が教えてくれたのだが
 国籍に関わる設問など「入れると回収率が明らかに低下する質問は、どうしても必要でなければ入れない」
そうだ。アンケートを送付してきた研究者を、この友人は知らないそうで
 社会学の人かな〜?
と言っている。ま、
 回収率があからさまに悪くなる可能性の高い設問を平気で入れてくる
のだから、
 アンケート調査に慣れてない
か、
 アンケート調査をナメている
かのどちらかでしょう。

アンケート調査で肝要なのは
 信頼できるデータが取れる質問が設定されているか
と、郵送調査のように
 回答者に負担を強いる場合
には
 回答者がイヤにならないよう、質問の構成・デザインに配慮
することなんだけど、少なくとも
 質問の構成・デザインが投げやり
なアンケートであることは間違いない。研究費の使い方がダメなんじゃないかな〜。
 郵送調査でこれだけ金かけてるんだから、なんでも聞いてやろう
って感じの設計なんだもん。質問する順番も考え抜かれているとは言い難い。

依頼状にしても、研究協力者が並ぶ責任者リストにしても
 有効なアンケート調査を実施する困難
をどうやって乗り越えるかは
 トップに東大社研という名前があれば大丈夫
という
 変な過信
に支えられているだけのように見える。そもそも東大社研と言われても、一般社会のヒトはほとんど知らないって。研究者だって、分野が違えば、東大社研がどんなところか知らないというのにな。
世論調査の対象である「世間」から見られている自分が自閉的であることに自覚的でない状態で
 世論調査のアンケート
って、なんだか凄いよね。

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2009-09-09

中国の視覚障碍者用データベースには古典が満載

ググっていたら、中国の
 中国盲人数字図書館(簡体字)
というデータベースに逢着。視覚障碍者のために、古典を中心にデータベース化してるのだが、他のデータベースと共通のもの以外に、割に変な書物が置いてある。
 『太平御覽』
 『册府元龜』
 『本草綱目』
 『五雑俎』
 『朱子語類』
 『日知録』
 『傳習録』
 『資治通鑑』
 『續資治通鑑』
 『讀史方輿紀要』
 『唐律疏議』
 『貞觀政要』
 『朝野僉載』
『册府元龜』と『續資治通鑑』か。便利な世の中だな。

しかし、視覚障碍者用にこうしたデータベースを用意できる中国と
 視覚障碍者がこんなに気軽にアクセス出来る日本古典の一般公開データベースがない日本
とを比較すると、どっちが先進国なんだ、って話になる。たとえば、国文学資料館は、岩波の赤い大系と呼ばれる、
 古典文学大系のデータベース
を、
 研究者向け
には公開しているが、一般用ではない。
この中国のデータベースは
 画像でない
ところがミソで、
 読み上げソフトなどで(といっても、古典の冷僻字を中国の読み上げソフトが読めるかどうかは謎だけど)利用できるよう、テキストデータで公開されている
ところがエライ。画像で渡されると、テキストからの点訳ソフトとかを使っている、視覚障碍者は読めないからな。たとえば、東大史料編纂所は、大量の史料を公開しているけど、
 テキストデータではなく画像で提供
している。つまり
 画像を見て、手で入力するか、OCRに食わせて出力する手間がかかる
って話だ。

中国のこの視覚障碍者向けデータベースには
 中国国家図書館
が協力している。日本だと国会図書館が近いかな。

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2009-08-10

飛蚊症

2週間ほど前、特急で疲れ果てて寝ていたら、隣に人が来た。慌てて、荷物を持ち上げたときに、右手の親指で利き目の左目を突いてしまった。
幸い、外傷になるほどではなかったようなのだが、その後、変なことに気がついた。
虫がいる、と思って見ると、なにもいない。
どうも飛蚊症がひどくなったのか、黒いものが視界の真ん中に時々見えるようになってしまった。飛蚊症とは物心ついたときからのつきあいで、今更驚かないのだが、視野の真ん中に黒い塊が見えるのは、これまで経験がない。
飛蚊症ならしょうがないけど、一度網膜裂孔を焼いてもらっている左目なので、念のために稲葉眼科で診ていただいた。
今日は付き添いなしなので、散瞳は左目だけにしてくださった。眼底をチェック、その後眼圧も診てくださったが、大丈夫とのことでほっとする。日本人は低眼圧の緑内障が比較的多いけれども、いまの眼圧なら、さすがに緑内障はないだろう、とのこと。眼圧を器械で測れないので、麻酔を点眼して、手動で測っていただいた。

強度近視で網膜裂孔の既往症があるから、光凝固をしてもらった中学2年生以降は、できるだけ、目にものを当てないように、そうした危険が生じやすいスポーツをなるべくしないようにしている。具体的には、球技一般だ。中学高校の体育は休ませてもらえなかったので参加したけど、大学では養護クラスで過ごした。ハワイは好きだけど、決してゴルフをやろうとは思わない。それだけ気をつけていても、自分の指で目を突いてしまった。
片目しか見えてない上に、潜伏性眼振があるから、片目になるとほぼ目が使い物にならなくなってしまう。両目を開けて、なんとか眼振を押さえて暮らしている。片目を遮蔽しなくてはいけなくなるような病気にも罹らないように気をつけている。

帰りは左目が使えないので、どうしてもなにかを見なくてはいけないときは、左目を遮蔽して普段使ってない右目で見た。右目で見えているパースの軸は左目よりも10°程度水平方向にずれているので、慣れないんだけど、散瞳薬が効いている間は、全然ないよりはましだった。使ってない目で、眼振がひどいから、ほとんど見えている時間はないんだけど、物にぶつからないで済む程度の仕事はしてくれる。

梅田から帰る前に、隣の湖崎オプティカルで、眼鏡を調整してもらった。診察が終わって覗きに行くと、ちょうど小学3年生くらいかな、女の子が弱視鏡の調整をしてもらっているところだったので、遠慮して昼ご飯を先にした。子どもの弱視鏡の調整は、自分の経験から言っても時間が掛かるからね。
昼ご飯を終えてもう一度覗くと、誰も他にお客さんがいなかったので、今度は心おきなく調整をお願いする。
湖崎オプティカルに来る子ども達は、湖崎克先生の患者さん達だ。夏休みの今は、全国から弱視の子ども達が、少しでも見えるようになりたいと、湖崎クリニックに押し寄せてくる。
 ああ、あの子は北海道から来た子ですよ
と教えてくれたので
 札幌から通ってた昔のわたしといっしょだなあ。もっともわたしはまだ湖崎クリニックのできる前で、大阪小児保健センターだったけど
と答えた。名前を知らない北海道の女の子、自分の負担になりすぎない程度に頑張れ。あきらめちゃダメだけど、頑張りすぎるとこれまた辛いよ。でも小学校3年くらいだと、いい子は頑張り過ぎちゃうかも知れないな。

小学2年の時に初めて出会った湖崎先生は、それから随分経つのに、今も昔と変わらないようにお見受けする。
 湖崎先生、わたしが小学生の頃と変わらないのが凄いんだけど
と水を向けると
 いや、それでも結構年を取ったと思うことはありますよ。歩いてる姿なんか見ると
との返事。患者はだいたい向き合って座って目を診ていただくからなあ。
 でも、相変わらず口の方は厳しいようですよ
というので
 ええ? それは親が神経質すぎるか、患者の子ども達が何かいいかげんなことをしたときだけでしょ? わたしは一度も湖崎先生に怒られたことないよ。
と答えておいた。

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2009-02-21

ペティナイフが忽然と消える

今日くらい、目が見えないのが困ったことはない。

いつも使っている有次のペティナイフが忽然と消えた。
まだ見つからない。

昼食の準備をしていて、ちょっとかがんだときに、ジップロックコンテナが1個流しに落ちる音がして、それと同時に
 なにかがどこかに飛んだ
のが分かったのだが、その後、ペティナイフがなくなった。
流しに落ちたなら、金属と金属のぶつかる音がするはずで、そんな音はしなかった。

腐海に沈んだのかなあ。

ありそうな場所は全部探したがない。

いま、1m以上離れたところにあるものを探すのは難しい程度にしか目が見えてない。つまり、足元にあるものは見えない。
ペティナイフを踏むことだけは避けたい。

それと、鋼なので、見つからないと、錆びてしまう。毎日、最後にはクレンザーを掛け磨くようにしているペティナイフだ。
切れ味が悪くなったので、今日は中砥を出して、自分で研ごうと思っていた矢先に行方不明になった。

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2008-12-27

目が疲れると思ったら

昨日は、稲葉眼科で定期検診。
最近、どうも目がよく見えない。いつも見えないんだけど、更にシャレにならないほど見えてないので、視力検査(当然、裸眼では測らず、矯正して)の時に、
 視力がいい方の左目の視力
を尋ねたら
 0.01
だって。そりゃ見えてないはずだ。参りますな。
ちなみに、数値で出る視力は0.01が最低。あとは
 指数弁(目の前の指が何本かわかる)
 手動弁(目の前で手を動かしているのが分かる)
 明暗弁(明るいか暗いかが分かる)

 文字で書く視力
になっていく。

左目の視力は急に落ちたのではなく、ここ1年ほどはこの視力で来ているということなんだけど、
 目が見えている時間がどんどん短くなっている
ので、作業時間の配分をまた考え直さないとな。
全盲と弱視の違いは、
 弱視には強烈な眼精疲労がついてくる
という点で、こんな誤差みたいな視力でも、モノを見ようと努力するから、目を使うとすごく疲れる。目の調節力は経年劣化しているので、これはしょうがないにしても、遠距離を見るのが結構大変。この視力での遠距離というのは
 普通の人が外出して見る範囲の距離
で、この頃、買い物に行くと滅茶苦茶疲れるな〜と思ってたんだけど、まあ、これだけ落ちていれば、疲れるのが当たり前。普通は、介護して貰わないと辛い視力なんだけど、視覚障碍者についてくれる介護ボランティアの人も、そう人数がいるわけでもなく、より障碍の重い方(具体的には全盲とか明暗弁程度の視力の方)を優先してあげたい。それに、まだ一人でなんとかしようとすると、一応どうにかしちゃってるからなあ。この努力がいいのか悪いのか謎だけど。

ちょっと困っているのは、右目と左目の視力差がなくなりつつあることで、最近続く吐き気は、どうやら
 右目の複視の映像を消せなくなってきている
ことから起きているようだ。右目は3回手術してもダメだった斜視のせいで、廃用性弱視になって久しいのだけど、
 左目と比べて約3〜5°くらい水平方向にずれた映像
を見ている。左目が圧倒的に見えていた時は、右目が見ている「軸のずれた複視の映像」を脳のレベルで消すことが出来たのだけど、今くらい視力が接近してくると、それが難しくなっている。複視自体が、ものすごい眼精疲労をもたらすので、できれば、右目の映像は「なかったこと」になっているといいのだけどね。でもって、右目が全然見えないと今度は
 普段は潜伏性眼振なのが、片眼視だと顕在化して、ひどい眼振が起こる
のだ。だから、右目に眼帯なんてことになると、眼振がひどすぎて、ものを見ること自体ができなくなって、活動停止状態に追い込まれる。
眼科レベルでは、体についているだけで、使ってない右目とはいえ、ある程度は視力をつけておかないと困るのだ。
 左目しか使ってないけど、両眼が開いてないとダメ
なので、視力は出ないが、右目もコンタクトレンズや眼鏡での矯正は欠かせない。今入れているコンタクトレンズでは、「アキュビューオアシス乱視用」の右目の近視度数が-7.0だ。(ちなみにジョンソン アンド ジョンソンは、「売れない、乱視度数の高いレンズは作らない方針」なので、残念ながら、「アキュビューオアシス乱視用」はいいレンズなんだけど、わたしには乱視度数が足らず、レンズを装着した上で、乱視矯正用の眼鏡を更に掛けて乱視矯正をしている。乱視矯正用の眼鏡が高いのよ。)
あちらを立てれば、こちらが立たず、キリのない
 モグラ叩き
みたいなもので、日々時々の微調整が欠かせない。
それにしても、吐き気のある割には、ちっとも痩せないのは、こまったものだな。あと5kgくらいは体重が落ちるとありがたいのだが。

ということですので、来年の年賀状、やや遅れて届くことになるかと思います。わたしの日常作業の中で、一番大変なのが
 自分の手で、決められたスペースに文字を書くこと
なので、年賀状を下さいますみなさまには申し訳ありませんが、しばらくご猶予を。

最近料理に情熱がいまいち沸かない理由も納得。
手元が見えてないんだもん。細かい作業が難しいので、無意識に避けてたんだな。
意識を持って動いている「本人」よりも、意識下で体をコントロールする「中の人」の方が、頑張っている模様。
聴力のレベルが落ちているのも、落ちる一方の視力の補いに勢力を割いているから、以前なら勝手に聞こえていたレベルの聴覚情報をオミットしてるのね。
ま、障碍があると、ムリをする分、健常者よりは老いが早いから、
 実年齢+10以上
くらいの気構えで、これからは暮らすことにしよう。

しかし、この視力で、来年春には、一人で海外出張予定なんだが、大丈夫かなあ。行き先は、大都市なんだけど。ちょっと心配。

いまのところ超近距離の視力は変わりなく、手元30cm以内の文字に関しては問題ない。まあ、
 その視力で文字が見えるはずがない
というのは、中学の頃から言われてたわけで、それでもずっと文字は見えているから、相変わらず
 人間OCRの機能
は、働いてくれている。たぶん、普通の人は、わたしの
 文字が見えている状態の映像
を見ることが出来たとしても、そこに映っている
 「わたしが文字と認識している映像」から文字は読みとるのは難しい
だろうと思う。
買い物などができるのも
 形と色で物体をパターン認識している
からで、半分は気合いみたいなもんだ。

子どもの頃から視覚障碍がある人の「見えている世界」って、実は、よくわかってないことがたくさんあるらしい。

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2008-06-21

全盲のファッションデザイナーThanos Kyriakides

ブランドファッション通信経由。

元々全盲だったのではなく、途中で失明したファッションエディタが、個人ブランド
 Blind Adam
を立ち上げた。
http://www.thanoskyriakides.com/
一度、ご覧下さい。

視力を失ったからと言って、心に沸き上がるイメージも見えなくなるわけではない。それをファッションという形にして、Thanos Kyriakidesは、自分の才能を世に問うている。
全盲を言い訳にせず、ハンディを回避して、いかに自分の持っている才能を一番効果的に生かすかという実に難しい課題を、彼はやり遂げている。

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2008-05-25

大学の障碍学生支援@90年代以前

ネットサーフィンをしていたら、90年代まで大学は積極的に障碍学生支援を行ってこなかった、というような議論があることを知った。
少なくとも、京都大学ではそうではなかった。
遅くとも、70年代の終わりには、障碍学生受け入れのための全学的委員会があったと思われる。障碍学生の入学は、毎年、全学部にあるわけではないので、障碍学生の入学が決まった、あるいは入学してから学生に障碍があることがわかった場合、各学部の障碍学生関係の委員を務めている先生方が全学規模の会議を開いて、個々の学生を受け入れるための支援策を考えて下さっていた。
わたしがお世話になったのは、80年代に入ってからだが、教養の障碍学生受け入れ担当教官は、保健体育担当の、リハビリがご専門の一つだった熊本水頼先生だった。それまでにかなり障碍学生受け入れの実績があることを、熊本先生から伺った。文部省(当時)からは、各学部に、毎年度障碍学生のための経費が下りてくるのだが、それだけでは額が小さくてなにもできないので、全学でプールして、障碍学生が入学すると、その学部に重点的に配分するシステムだということだった。京大ではその当時は、2回生から学部配当授業があったので、同時に文学部に入った筋ジストロフィーのT君とわたしのために、文学部にエレベータが設置された。T君はその頃は体調が悪く、車椅子を使っていた。(T君は国史に行くと言ってたのだが、なぜか同じ印度学に進んだ。印度学の研究室は4階にあるので、エレベータは、実に役に立った。)
T君だけでなく、京大には、何年かに一度は、筋ジストロフィーの学生が入学してきていた。たぶん、今でもそうだろう。行動に制約のある学生のために、バリアフリーという言葉が一般化する前に、スロープやエレベータなどが準備された。筋ジストロフィーは、当時は、20代で亡くなる患者さんが少なくなかった。京大生にも、そういう悲しいことがあった。病状が悪化して、在学中に亡くなることもあったが、大学に通える限りは、大学側は勉学をサポートしていた。学ぶ意欲のある学生には、常に門戸を開き、出来るだけサポートする、というのが、当時の京大の全学的な姿勢だったと思う。
難聴の学生については、要約筆記をする学生をつけ、読唇術を利用する学生が入る場合には、教官(当時は教官)に
 口がはっきり見えるように授業をする
ように、教務から要請が来た。
弱視や全盲の学生については、それぞれ一番前の席を用意したり、学内に歩道をつくるなどの対策を取った。弱視の場合は、試験用紙を拡大してくれた。
学生の勉強にパソコンが必須になり始めた88年以降は、障碍学生が必要であることを申請すれば、パソコンを所属する研究室に貸与してくれた。
京大では、修士課程修了までは、サポート体制があった。
もっとも、博士課程以降は、自助努力になってしまったので、いま民博にいる廣瀬浩二郎さんは、大分苦労されてたのではないかと思う。廣瀬さんは全盲の研究者で、筑波大学付属高等盲学校という、
 高等盲学校中の超エリート校
で勉強して、京大に進学した。彼は荻窪から護国寺の高等盲まで1人で通っていたというお話を、母上から伺っている。凄い。
京大では、博士課程以上は、
 一人前の研究者
という扱いなので、いきなりサポートがなくなったのだった。
民博では、廣瀬さんを教員として受け入れてから、バリアフリーの度合いがぐんと進んだ、と聞いた。

80年代以前に大学に入学した障碍学生については、他大学では、同志社大学に全盲の英文学の研究者がいらっしゃった。同志社大学に入学したときから、サポートを受けておられたと思う。オプタコンで、英文のテクストを読んでおられたのを、ニュースで見掛けたことがある。

続き。
ところである公立大学で割と最近に起きた話を書いておく。
ある公立大学で、車椅子の学生が入学し、移動のために
 エレベータを設置して欲しい
という要望が本人からも、指導教官からも、所属する学部からも出た。その時、公立大学の事務職員(自治体から出向していると思われる)は
 どうせ4年経ったら、卒業するんでしょう? そんな学生のためにエレベータは必要ない
と言い切り、結局、その学生のためにエレベータは設置されなかった。
ところがそんなことがあってしばらくすると、今度は
 市民講座を開く棟にエレベータがいきなり設置
されたという。
 市民のためにエレベータを設置するのは有益だ
というのが、件の事務職員の見解で、自学の学生の福祉よりも、納税者の福祉を優先したわけである。要するに
 市民講座を受けに、○○○立大学に行ったが、教室に行くのにエレベータがない
と、自治体に投書されないように、先手を打ったと言うわけだ。障碍学生は1人しかいなかったが、市民講座にやってくる市民は100人単位だ。1人の声は自治体にはなかなか届かないが、100人の内、何人かが文句を言えば、当然その公立大学に
 なにやってるんだ
という叱咤が飛ぶ。
しかし、車椅子の学生が入学することは分かっていた訳なのだから、受け入れた以上、必要な設備を整えるのが、普通の大学である。組合の強い自治体職員の考えることは理解できない。普段組合活動で
 弱者救済
とか、スローガンを掲げている筈なんですがね。
 車椅子の学生は「救済すべき弱者」の数に入らない
らしいのだ。
世間では
 障碍者に優しい
と思われているある自治体の公立大学で実際に起きた出来事である。

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