2023-09-25

『藤井聡太のいる時代 最年少名人への道』朝日新聞社 2023.9

朝日新聞文化欄日曜日に連載されている
 大志 藤井聡太のいる時代
の連載をまとめた第二弾。今回は
 2020年8月〜2023年6月
までの掲載分にその後の補筆を加えている。なんといっても、藤井聡太四段が誕生した2016年に
 藤井聡太 名人への道
というコーナーを作って、盛り上げてきた朝日新聞文化部、とうとう
 藤井聡太名人竜王が誕生
してしまった。


 


毎週、朝日紙上で読んでいたのだが、今回は、連載に手を入れてまとめた、という。
それが時々うまくいっていない。藤井聡太七冠の動きがわかりにくくなっているのだ。
どうも
 新聞連載
という性格上
 正確な日時を入れる
方には統一がとれているが
 じゃあ、その時、藤井聡太七冠はいくつでどういう地位だったの?
というあたりが不足している。有名な谷川浩司九段との指導対局の説明に
 少年時代(p.199)
とあるのだが、あなた、
 14歳でプロ棋士になった藤井聡太七冠の「少年時代」って何よ
である。正確には
 8歳、東海研修会在籍時
と書くのが親切というものだろう。東海研修会に入会したのは小学1年生の3月だ。
藤井聡太七冠の「少年時代」が
 すごい
というなら、
 その当時の年齢・学年
も書いてほしい。前回の『藤井聡太のいる時代』に書かれているからといって、そこは括弧でもつけて補足しておいて頂きたかったな。


 


連載だから、
 その当時の読者には自明の事実
は省かれているのだろうが、時を経て編集しているのだからそのあたりの心遣いは必要だろう。


 


連載から漏れている、
 名人戴冠
までの動きは「特別編」として報知(報知新聞のサイトは「王手報知」というコーナーが将棋を扱っている)から移籍した北野新太記者が書いているのだが、北野執筆記事は
 文に溺れる弊
がある。
 真の勝負所で踏みとどまる強さが藤井の骨頂でもある。(p.212)
これは
 真骨頂
とすべきところに
 真の勝負所
という措辞を使ってしまったために、「真骨頂」の「真」を抜いたんだろうけど、
 骨頂
は、
 愚の骨頂
という使い方が多いわけで、骨頂だけで特徴とか長所とかいう使われ方は今の日本語では一般的ではない。(日本国語大辞典では「骨頂」の4番目に「(形動)程度がもっともはなはだしいこと。この上ないこと。また、そのようなさま。近世ころから、多く、悪くいう場合に用いられる。5番目に「(形動)(─する)未熟なところがなく、すぐれていること。そのような人。また、そのようなさま。特に、粋(いき)なこと。骨皮(こっぴ)。」となっている。)
 ほかの言葉に言い換える
方が読者には親切だと思う。
まあ、朝日の文化部将棋担当内では
 これで通す
ことになっちゃってるんだろうけど、北野節。
藤井聡太七冠への朝日新聞将棋担当の質問で、一番安心して聞いていられるのは村瀬信也記者のもので、北野記者の質問は
 何かうまい言葉、キャッチーなフレーズを藤井聡太七冠から引き出してやろうという「野心」
が隠しようもない。木村一基九段の王位奪取→失冠の時のインタビューで顕著だったので、その時から北野記者の質問には注意している。
藤井聡太七冠の将棋は
 夢とロマン
からは最も遠い地平にあるんだけど、どうしてそっちへ行きたがるんだろうね。
 14年前の小さな自分に伝えたい、という感傷を誘うものが「名人」という地位に対する彼の思いなのだと。(p.208)
わたしには
 贔屓の引き倒し
のようにしか読めなかったけどなあ。名人挑戦決定後のインタビューについての記述なのだが
 「感傷」
とは遠いところに、藤井聡太七冠はいると思いますがね。

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2022-09-28

「観る将」必携 藤井聡太監修『藤井聡太の将棋入門』@日本将棋連盟/マイナビ出版

将棋界で、次々と最年少記録を塗り替える内に、気がついたら
 日本で一番将棋の強い人
になったのが
 藤井聡太五冠
だ。相変わらず若い。この7月にやっと二十歳になったばかり。
しかも強い。なんせ
 負けたら記事になる
のだ。今年度は、年度初めは対局が少なかったせいで勝負勘が戻らなかったとかで、最初負けが少し多かったが、最近
 勝率8割に戻した
ところだ。
 5回に1回しか負けない
のだ。それも
 タイトル防衛戦とA級順位戦を戦っている
という状況でだ。
 タイトル戦では、挑戦者は打倒藤井で綿密な研究と闘志で臨む
 A級順位戦は、名人に挑戦するためのトップ棋士によるリーグ戦
なわけで、
 対戦相手は渾身の研究と並々ならぬ闘志でぶつかる
のだけど、それで
 勝率8割
って、本当に
 いい意味で「おかしい」
のだ。
わたしたちはなんとなく
 藤井聡太五冠が勝つ
のに慣れているから、何とも感じなくなっているが
 6割勝てば強い、7割勝てばすごい
将棋の世界で
 デビュー以来勝率8割をキープしている
こと自体が
 異常事態
なのだ。慣れは怖い。勝率の話だけすれば、
 タイトルは防衛して一人前
とはいわれるものの、なかなか防衛に至らないというのが普通なのだが
 タイトル戦をいままで一度も落としたことがない
のが、藤井聡太五冠だ。タイトル戦は
 出場した10回の挑戦または防衛戦で、奪取または防衛に成功
している。細かく言うと
 35勝6敗 勝率8割5分4厘
だ。ちなみにこれまでの通算成績は
 281勝56敗 勝率8割3分4厘

 タイトル戦の勝率の方が、通算成績の勝率よりも高い
のである。こんな棋士は
 空前の存在
で、たぶん絶後であろう。

その藤井聡太五冠監修で
 藤井聡太の将棋入門
が発売された。
 監修って、名前貸しただけでしょ
と思うあなた、それは
 藤井聡太五冠を知らない
のだ。藤井聡太五冠といえば、将棋関連の編集者の間では
 あれだけ忙しいのに、綿密にゲラを直して戻す
ことで有名である。本当にマメで、読み手のことを考えて親切。普段、記者の質問や、感想戦、大盤解説等で
 早口で、棋譜を高速詠唱
してたりするから、気がつかれないかもしれないが、
 子ども相手の指導対局
でも、丁寧にお辞儀をし、温かい言葉を掛けている藤井聡太五冠を見たことがあれば、
 将棋の普及には強い意志を持っている
ことが見て取れる。

いや〜、これは
 入門クラスの子ども
だけでなく
 観る将必携
でしょう!!!!

全160頁に満たないコンパクトな内容で
 基本見開き2頁
の構成なのだが、入門用の解説書で
 序盤・中盤・終盤
まで、きちんと説明しているものは初めて見た。しかも
 とってもわかりやすい
のだ。
選ばれている
 用語の解説
も、明快で、
 用語選択のセンスが抜群
だ。観る将が大盤解説を見ていて
 え? それどういう意味?
と思うような言葉が、大体網羅されている。

なお、藤井聡太五冠ファンのためには
 p.60の「指すときの手つき」

 藤井聡太五冠の指し手を撮影
したものなので、これだけでも
 買い
でしょう。

p.62-67には
 棒銀の実際
が説明されている。
 幼稚園年長から研修会卒業の小学4年まで
の藤井聡太五冠は
 棒銀でばったばったと上位者をねじ伏せていた
そうだから、初心者のみなさん
 任天堂Switchのソフト『棋士・藤井聡太の将棋トレーニング』
をやりつつ、この本で勉強すれば、
 一段と将棋が楽しく
なるだろう。

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2018-03-26

安倍ちゃん、トランプ大統領にコケにされるも、実は3/5以降に「オレがコケにされた」とトランプ大統領が思ってるかも知れない件

そもそも、キナ臭い動きが始まったのは
 3/8の米朝首脳会談電撃決定
からだった。3/11の時事より。


トランプ氏即断、側近も驚き=安倍首相は「蚊帳の外」-米紙
【ワシントン時事】トランプ米大統領が8日に韓国の鄭義溶国家安保室長と会談し、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長からの会談要請を受け入れた際、同席したマティス国防長官らが「(首脳会談の)危険性とマイナス面」への懸念を訴えたが、トランプ氏は取り合わずに決断したことが分かった。10日付の米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)が伝えた。
 ホワイトハウスの大統領執務室で行われた鄭氏との会談は45分続き、マティス氏のほか、ペンス副大統領、マクマスター大統領補佐官(国家安全保障担当)、コーツ国家情報長官、ダンフォード統合参謀本部議長らが同席した。トランプ氏の即断は鄭氏だけでなく、側近らも驚かせたという。
 鄭氏がホワイトハウスに到着する直前の8日午前の段階で、米側は情報機関を通じて金委員長からの会談要請を把握していた。トランプ氏はアフリカ歴訪中のティラーソン国務長官にもその内容を連絡したが、要請を受け入れるかどうかはその時点で伝えなかった。
 トランプ氏は、鄭氏にホワイトハウスで米朝首脳会談実施の発表を行うよう提案。鄭氏は急きょマクマスター氏の執務室で文案を作成し、安全が確保された電話で文在寅大統領の了承を得た。ただトランプ氏の側近らは外国政府当局者が記者会見場を使うことに反対。鄭氏はホワイトハウス西棟の車寄せで会見を行うことになった。
 トランプ氏は鄭氏が車寄せに向かった際、安倍晋三首相に電話を入れ、会談内容を報告した。タイムズ紙はトランプ氏の即断は側近だけでなく同盟国の不意を突き、「安倍氏は蚊帳の外に置かれた」と指摘した。(2018/03/11-14:32)

まあ、
 国防長官の話も聞かずに「即決」
したんだから
 それより遠い安倍ちゃんがスルー
されたとしても致し方あるまい。
それにしても
 日韓米対北朝鮮という枠組みから日本がのけ者になっている
のは、トランプ大統領の対応から見て取れる。
そして、3/23のこと
 トランプ大統領は日本も対象とする鉄鋼製品などの輸入制限政策を発動
した。
その時のトランプ大統領のコメント。23日付NHK
米 鉄鋼製品など輸入制限 日本も対象に午後1時すぎ発動へ
より。
20180326_83154
字幕「日本の安倍首相などと話してきた
彼はすばらしい人で私の友人だ」
20180326_83205
字幕「彼のほほえみは「長年 米国を利用できるとは思わなかった」という意味だがその時代は終わった」
同日付時事より。


安倍首相は「出し抜いて笑み」=トランプ氏、対日貿易に不満

 【ワシントン時事】「安倍晋三首相と話をすると、ほほ笑んでいる。『こんなに長い間、米国を出し抜くことができたとは信じられない』という笑みだ」。トランプ米大統領は22日、ホワイトハウスでの会合で首相についてこう語り、対日貿易赤字への不満をあらわにした。
 トランプ氏は「偉大な男で、私の友人」と前置きして、首相の笑顔を解説した。その上で「こういった時代はもう終わりだ」と述べ、「互恵的」な関係を求める考えを強調した。(2018/03/23-11:01)



 安倍ちゃんはいつも笑顔だが腹黒い男
であるかのように世界に向けて発信した。トランプ大統領には、安倍ちゃんは、
 私の友人
であると共に
 アメリカを平然と利用する(アメリカ第一主義のトランプ大統領としては許すまじき)輩
という
 矛盾する内容のコメント
なのだが、
 『炎と怒り』
によれば
 トランプ大統領は何を言ってるか自分でも分かってない
らしいので、その辺りは
 平常運転
と見て良い。

ショックなのは
 お友達だった筈の安倍ちゃん
なんだが、
 実はトランプ大統領の方が、安倍ちゃんの方が先に自分をコケにした
と思っている確率が高そうだ。
理由は?
 トランプ大統領の不倶戴天の敵であるオバマ前大統領を歓迎する
ことが、3/5に明らかになったからだ。3/5付日経より。


オバマ前大統領、3月下旬来日へ 安倍首相と会談調整
オバマ前米大統領が3月下旬に来日する見通しとなった。24、25両日の日程が有力で、安倍晋三首相との会談も調整している。会談が実現すれば北朝鮮の核・ミサイル開発問題などについて意見交換するほか、日米同盟の重要性を確認するとみられる。(以下略)

言っておくが
 トランプ大統領は、「オバマ大統領の痕跡を消し去る」ことに意欲を燃やしている男
である。そのアホらしいまでの努力については『炎と怒り』をお読み下さい。
 宿敵オバマ前大統領

 「友人」と認めてやった筈の安倍ちゃんが「歓迎」
するなんてことは
 トランプ大統領にしてみれば、屈辱以外の何物でも無い
だろう。
『炎と怒り』によれば
 トランプ政権内部の多くのスタッフは「いかにトランプ大統領に気に入られるか」の競争に時間のほとんどを費やしている
そうだから、
 安倍ちゃんがオバマ前大統領と会う予定
なんて、あっという間に
 殿、一大事でございます
と、耳打ちされているに違いない。なお、トランプ大統領は
 短時間しか集中が保たない
そうで、側近達は、この手の情報を
 短くインパクトがあるように伝えるのがテクニック
だそうだ。
 少なくとも、トランプ大統領が、安倍ちゃんに対して、大いにムカついている
のは間違いなさそうだ。

なるほどね。
 3/5 安倍ちゃんがオバマ来日歓迎のニュースが日本で報道される
 3/8 韓国の鄭義溶国家安保室長との会談で、米朝首脳会談電撃決定
 3/23 対日鉄鋼製品等の輸入制限措置に関し、トランプ大統領がわざわざ安倍ちゃんの腹黒さを世界に発信
 3/25 オバマ前大統領来日、安倍ちゃんは寿司ランチで歓迎
ドラスティックに政権交代が行われたアメリカに対して
 民主党も共和党もみんなトモダチ
って対応をしているツケは大きいね、安倍ちゃん。ま
 二大政党制の意味
が分かってないということかな。

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2018-02-07

Michel Foucault: Histoire de la sexualité, IV : Les aveux de la chair@2/9

Michel Foucault: Histoire de la sexualitéの最終巻
 Les aveux de la chair
が、フランスのGallimardから
 2/9
発売される。
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AFPより。


フーコー「性の歴史」最終巻、ついに出版へ 死後34年
2018年2月7日 7:15 発信地:パリ/フランス
【2月7日 AFP】今年で死後34年を迎えるフランスの哲学者ミシェル・フーコー(Michel Foucault)が著した「性の歴史(The History of Sexuality)」シリーズのうち、未発表だった第4巻「肉体の告白(Confessions of the Flesh)」が今月9日、出版される。
 未完のまま残されていた同著では、「同意」をめぐる繊細な問題についても論じられており、遺著管理者らはフーコーの考えを世に出す機が熟したと判断。ついに仏出版社ガリマール(Gallimard)から出版される運びとなった。
 編集者のフレデリック・グロ(Frederic Gros)氏は、セクシュアルハラスメント(性的嫌がらせ)を告発する「#MeToo(私も)」運動の高まりを受け「この独創的な大作の出版にふさわしい時が訪れた」と説明した。
 フーコーが同書の執筆を開始したのは1980年代初頭。フーコーはこの時既にAIDS(エイズ、後天性免疫不全症候群)を発症しており、その後1984年6月に亡くなった。
 同書ではまず始めに、アレクサンドリアの聖クレメンス(St Clement of Alexandria)やヒッポの聖アウグスティヌス(St Augustine of Hippo)といった初期キリスト教会の神学者らがどのようにセクシュアリティー(性)を扱ってきたかを考察している。
 フーコーは通説に反し、初期のキリスト教は異教徒以上に性に関して厳格ではなく、むしろ異教徒の哲学者らと比べかなり寛大だったと指摘。「これらの(抑圧的な)原理はどういうわけか異教徒の慣行からキリスト教の思想や慣行へと広がった」とつづっている。
 グロ氏によると、フーコーは当初「性の歴史」を6巻に分けて出版するつもりだった。だが発病により計画を変更。1984年の亡くなる数週間前に第2巻「快楽の活用(The Use of Pleasure)」、第3巻「自己への配慮(The Care of The Self)」が出版された。(c)AFP/Alain JEAN-ROBERT

amazon.frで予約受付中。
日本まで送って貰うと、送料込で4500円弱。到着は今月末〜来月初めの予定。
総ページ数448頁と、いつもながらごつい書物になっている。

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2018-01-22

川合康三・富永一登・釜谷武志・和田英信・浅見洋二・緑川英樹訳注『文選』詩編(一)岩波文庫 2018年1月16日

満を持して
 『文選』詩編 現代語訳の岩波文庫本
の刊行が始まった。
訳注には
 川合康三(唐宋文学)
 富永一登((六朝文学)
 釜谷武志(漢代〜六朝文学)
 和田英信(中国古典詩全般と日本漢文)
 浅見洋二(唐宋文学)
 緑川英樹(唐宋文学)
の六氏が携わっているので、twitter上では早速
 「六人注文選」
なる愛称がついた。現在、『文選』の詩編を読むのには最適な六人の中国文学研究者が選ばれたと言って良いだろう。専門は必ずしも六朝文学ではないのが『文選』という書物の「あり方」を如実に示している。
川合康三先生の巻末「あとがき」によると、この『文選』詩編の刊行に当たっては、
 岩波の編集者も参加した上で、毎月一回、数年間かけて担当者が訳注を作成し、更に数年掛けて、訳文や注釈に手を入れて、一般の読者が読みやすい形にした
旨が書かれている。『文選』を読むためには、膨大な「下調べ」が必要だ。その
 水面下の水鳥の水掻き
の部分は、本文からは窺い知れないほど、徹底的に手が入っている。

『文選』を大学の中国文学専攻の学部演習で読む場合の標準的なやり方は次の通りだ。
1. 中国音を調べ、まず中国音で通読する(大学によっては省略されるかも知れない)
2. 伝統的な「漢文訓読」で訓点(返り点と送り仮名)を付す
3. 韻文(詩は韻文)の場合は、押韻の箇所を指摘し、韻の種類を『廣韻』で調べる
4. 典拠のある語を調べて説明し、意味を述べる(『文選』の場合は、李善注の中味を調べ、かつそれでも足りない部分を補う)(補注: 典拠はもちろん、原典にあたる。すでに佚書になっている場合は、その旨も指摘する。出典『大漢和辞典』なんてことをやらかすと、その後、研究室内で信用を失う)
5. 全体を通釈する(通釈では、場合によっては五臣注や日本にのみ残る『文選集注』も参照して訳文を作成する。読みがたい語の場合は、日本の訓点を援用することがある。)
学部の授業では、大体、1首に1時間掛ける。
京大中文では
 3-4回生の必修科目
であり、
 古典文学志望だろうと、現代・当代文学志望だろうと、『文選』を読む
ことになっていた。わたしが3回生の時は、残念ながら、川合康三先生が、1年間の在外研究で、Harvard大学燕京研究所に出られたので、半年だけ巻三十一「江淹雜體詩三十首」を途中までやって終わった。わたしは「班婕妤 詠扇」を担当した。
岩波の
 『文選』詩編読解月例会
では、中国音で読んだかどうかはともかく、上記の手順で、まず担当者のレジュメがたたき台となり、一つ一つ訳語や注釈する語彙の取捨選択が行われたことと思われる。

ところで京大中文が
 『文選』必修
なのは、
 『文選』成立以降の中国文学が『文選』抜きでは成立しえなかった
からである。

中国の高等文官選抜試験である科挙では、詩文の才も試されるのだが、その基礎的な準備に『文選』は「デファクトスタンダード」の教科書として君臨した。唐宋以降の文学では、『文選』に典拠を持つ言葉が広く「文人間の常識」として用いられている。
 中国の文人
とは
 職業的作家
だけではなく、
 科挙をパスした秀才たち(=高級官僚試験の合格者の称である)
が含まれる。「秀才」彼らこそが
 世を動かす実利の世界で官界遊泳しつつ、新しい時代の文学の基準となる作品を生み出す役割も果たす
のである。
科挙合格には、『文選』内の語句を薬籠中のモノとするだけでは足りなくなるのが宋代後半で、川合康三先生は、「解説」で

つまり『文選』は一見さも文学らしい詩文を作るために必要な素材であったとともに、独自の文学を創ろうとする者にとっては克服すべき対象であったのだ。

と鋭く指摘している。この「解説」は『文選』を足掛とした中国文学史の端的な見取り図でもある。今後、大学の教養程度の中国文学史概説・漢文学概説等の講義では、必ず「参考文献」としてあげられることとなるだろう。
すでに訳稿は完成しており、今後逐次出版されることとなる。全六巻の刊行が待ち遠しい。
また、川合康三先生の「解説」では、昭明太子蕭統の序に関説されているのだが、
 漢文に馴染みの薄い一般読者
のためにも
 是非、二巻以降に「文選序」の訳注も入れて頂きたい
ものだ。

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2017-12-05

羅繼祖「跋新修本草」

今となっては、最善本ではないので、再び刊行されることはないだろうけれども、1985年に上海古籍出版社から景印出版された
 森立之手鈔『新修本草』
には、この本を中国に持ち帰った
 羅振玉
の孫である
 羅繼祖の跋
がついている。当時としては丁寧な出版で、平装版だけど、景印は美しいし、朱書や朱印はちゃんと朱で印刷されている。
何故、羅振玉が森立之の手鈔本を持ち帰り、孫の繼祖が跋を書くことになったかは、本文を読むと分かるのだけど、現在はあまり注意されていない文章のように思うので、ここに転写する。
文字の誤りがあるかも知れないので、その点はご寛恕下さい。



《新修本草》影鈔本十卷(十冊) 先祖羅振玉於光緒辛丑(一九〇一)奉兩江、湖廣兩督赴日本視察教育時,得之於東京書肆。每卷後有森氏手跋。越七年,又由先祖題識於卷端。先祖比次去日,買到許多醫書。其中影寫和舊鈔,大都為森氏開萬冊府藏本,有些還有森氏題識。先祖對這些書都曾一一作跋。
 先祖見背,楹書零落,即《大雲書庫藏書題識》所著錄的也已多數易主。惟此《新修本草》殘本和明正統陝西官本《玉機微義》(亦爲森氏舊藏),仍保存在我手裏。一九七九年夏,我讀了吳德鐸同志《從<新修本草>看中日兩國的學術交流》一文(《中華文史論叢》一九七九年第二期),其中說到:
 「在羅振玉所寫這篇書錄(按指書端題識)中,有一個非常重要、値得中日兩國本草學、科學史和版本書志學者注意的問題……日本學術界影印他們所存的天平寫本時,只找到六卷,其它四卷(卷十三、卷十四、卷十六及卷二十)連同小島父子補輯、仿寫的卷三均不知去向。値得重視的是,羅振玉所得的十卷,不僅有這四卷,並且都是據仁和寺本傳寫的,它們恰好正是仁和寺本所藏在日本己亡佚的部分。……」
 呉文還訂正了先祖在題識中把「六」寫成「八」的筆誤。
 這部書從光緖辛丑到現在,在我家整整八十年未見天日,現在經有關方面的努力,由上海古籍出版社影印出版,爲中日兩國的本草工作研究者提供實物資料,實在使我感到欣慰。正如吳文所說,《新修本草》能引起中日兩國學術界普遍的重視,是和日本幾位醫學名家多紀、小島、森、澁江等的辛勤勞動、努力鑽研分不開,而他們的這種精神也是値得兩國人民學習和欽敬的。至於森氏此本與他本的異同,以及吳文指出的各點,需要專家們去深入研究,恕我不在這裏再贅一辭了。我的跋文,也只想明一下這部書能保存在我家直到今天的經過。
 又,先祖《敦煌本本草集注序錄跋》(《永豐鄕人稿》乙下)裏提到藏有一部日本醫家森約之校輯的本草集注手稿。森氏此書曾由我在先祖去世後讓給了日本黑田源次博士,至今可能還藏於遼寧醫科大學圖書館。這是森氏的一家之學,如能就原稿整理印行,也是兩國醫學界的盛事,很希望它能夠實現。
羅繼祖 一九八〇年九月七日於長春吉林大學宿舎之後書鈔閣

1980年代前半というと
 日中友好
は日中両国のスローガンであり、中国は日本からの円借款などで、近代化を推し進めていた時期である。
こうした時期にこんな形で、森立之手鈔『新修本草』が出版されていたことは、覚えておきたい。

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2017-10-17

旧版『アリストテレス全集』が破格値な件

アリストテレスといえば
 万学の祖
と称されるわけで、毎年、必ずどこかで扱うことになるのだが、思い立って
 旧版『アリストテレス全集』岩波書店
を手元に置くことにした。まあ、どこの大学図書館にも普通に置いてある書物なのだけど、手元にあった方が何かと便利だ。
ところで、
 旧版
と書くわけは
 新版
があるからで、旧版と同様、岩波書店から
 若い読者に読みやすいこなれた訳の新版『アリストテレス全集』
が出ている。
 これまでの古典学の成果
も盛り込まれているので、そっちを買ってもいいのだが
 過去の論文や書籍との術語の摺り合わせ
の問題があるので、古い方にした。

で。
わたしが良く使うのは
 動物学上下(7/8巻)
 動物運動論・動物進行論・動物発生論(9巻)
なんだけど、amazonで買うととっても廉い。今回は「日本の古本屋」とヤフオクと眺めて、一番安価なところから購入したのだが
 1冊300〜600円程度
で買えてしまうわけだ。

その昔、
 高くて買えなかった『アリストテレス全集』
が、こんなにあっさり、破格値で入手できてしまうのは、うれしいような悲しいような。
古本価格がここまで崩壊してるのは
 新版が出た
上に
 「大きな物語」崩壊後の世界
では
 読者層が限られる
からだろう。

面白いんだけどね、アリストテレス。
さすがにギリシャ語で読む元気はないので、それは後回し。

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2016-11-28

早稲田大学文学部蔵書印付の顧頡剛等編『古史辨』が除籍されてヤフオクに出品されている件

ヤフオクを見て、驚いた。
一昔前なら、
 中国学をやるなら、普通に手許に置いてめくる書籍
として、院生以上なら割と持っていたと思う
 顧頡剛等編『古史辨』

 早稲田大学文学部の印が書底に押してある除籍本
が出ている。
20161128_52207
20161128_52154
背のラベルが読めないのだけど、
 重複本として処分
された雰囲気だ。

家にも1セットあるけど、購入当時は結構高価な書物だった。

近年、『古史辨』のような中国学の古典的書籍、中国国内のほぼ全ての新刊を含む出版物は愚か、
 日本で最近出版された学術図書
に関しても、
 中国で海賊PDFが蔓延している
のは、周知の事実だろう。国内の新刊については、たぶん、日本にいる留学生等が中心になって、せっせと
 自炊した書籍をネットにアップしている
のだろうと思っている。最近は大学図書館では
 ペーパーレスのコピー推奨
というわけで
 紙に印刷せず、USBにそのままスキャンした画像を取り込む
こともできるから、それを適当に加工してアップするわけだ。

そんなことがまかり通っているためか、数年前に京大文学部図書館に行ったら
 最近は中国古典の書籍は、学生さんがあまり利用しないんですよ
と司書の方が仰っていた。まあ
 手許にある端末をネットに繫げば、現物のコピーが入手できる環境
になってしまっているので
 わざわざ図書館に行って、紙の書籍を確認する必要がない
ってことなんだろうね。確かに、書庫の漢籍は手を触れられた頻度が減っているように感じた。開かない書籍は、天に埃が溜まるから、なんとなく煤けて見える。

恐らく、『古史辨』が除籍になった理由の一つは
 利用頻度が低い
ためだろう。

しかし、ヤフオクに出回るとはね。

知り合いの国立大学の先生何人かは
 重複本は廃棄する方針
という図書館のやり方に業を煮やし、
 廃棄前に「重要な典籍を救出」する
ように心がけられているという。

今から10年以上前だけど、古書店経由で、ある国立大学図書館の除籍本を入手したことがある。
 ジョセフ・ニーダム『中国の科学と文明』日本語訳の既刊分
だった。
 大学図書館から、科学史の基本図書であるニーダムの『中国の科学と文明』が除籍された
ことに驚いた。
同時に、日本での科学史の扱いの低さも感じた。

しかし、
 ネットにあるから、読まれるか
といえば、そういう訳でもないだろう。
 積ん読本は背文字が見える
が、
 ダウンロードした電子文献は、ファイルを開かない限り、落としたことさえ忘れてしまう危険性大
だからな。

かくして、古典的名著は利用頻度が落ち、あちこちの図書館から除籍されてヤフオクに出回り、ダウンロードされた電子文献は、一度利用された後は忘れ去られる。
古典的名著は、こうして書庫から駆逐され、現物を手に取れない状況が続けば、最後には存在すら念頭に上らなくなるだろう。

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2016-11-23

いわゆる「○ぺ」

今年夏のコミケ(C91)から
 SF
というジャンルが消滅、どうにも分が悪いSFなのだけれども、数あるSF小説の中でも
 スペースオペラの大作
といえば
 ペリー・ローダンシリーズ
にとどめを刺す。ドイツで1961年に始まったシリーズは、1971年7月から早川書房より日本語訳が刊行され始め、この11月には最新訳の第532巻『細胞活性装置の危機』が

出たばかりだ。日本語版は2話で1冊なので、原版の話数から行くと1063,1064話目とのこと。

もちろん、ペリー・ローダンシリーズはこんなものでは済まない。
ドイツでは、まだ刊行が続いている。元のシリーズ以外には、Neoなんてのも出来ている。
で、今年出た紙版の新しいものは、第2879話で
Perry_rhodan_erstauflage_2879_2016
でもって、最近は
 eBook
の方が先行しており、現在予告されている近刊は、来月出る
 Perry Rhodan 2886: Der Schwarze Sternensturm (Heftroman): Perry Rhodan-Zyklus "Sternengruft" (Perry Rhodan-Erstauflage)
61oanwksfnl
で、これが邦訳されるのはいつのことやら。

待ちきれないファンのために、 rlmdi.「ローダン研究会MDI(Rhodan Laboratorium - Meister der Insel)」が
 d-information
で、日本未発表のドイツ既刊分を逐次紹介してくれている。最新は
 Perry Rhodan-Heft 2882話「最後の遷移」
を紹介する
d-information 955 [2016/11/21]
だ。

この長大なスペオペ、「ペリー・ローダンシリーズ」のファンのことを
 ○ぺ(まるぺ)
と呼ぶ。他称であり、また自虐を籠めた自称でもある。
邦訳が500巻を越えた今では、往年の○ぺの方々にも様々な変化が。
古本や檸檬さんのtweetから。


まだ先は長いしねえ。

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2016-11-06

東京古典会 No.1096 宋版経は、『中阿含経』巻32「優婆離経」

東京古典会のオンライン目録を眺めていたら
 1096 宋版経
 沙門瞿曇受優婆離居士… 経名不明 首尾欠一巻
と書いてあるのに気が付いた。
 経名不明
というけど、そう難しくない。ググれば出てくる。実に一般的な経典で、大正新脩大藏經の第1冊目に収録されている
 No.26 『中阿含經』60卷 東晉 瞿曇僧伽提婆譯 第32卷「優婆離経」の真ん中近く
が該当箇所だ。

しかし、なんだって
 経名不明
にしたんだろう?
 
 

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