2017-01-29

「云云」と書いて何と読む? 余聞

現代日本語で
 云々
と書いてあったら
 うんぬん
と読むのだけれども、その話を聞いて思い出したのが
 『史記』封禪書
だ。
 封禅(ほうぜん)
とは、中国の帝王が行った
 とんでもなく大規模な祭祀
である。吉川忠夫先生による『世界大百科事典』の定義より。


中国の帝王がその政治上の成功を天地に報告するため,山東省の泰山で行った国家的祭典。〈封〉と〈禅〉は元来別個の由来をもつまつりであったと思われるが,山頂での天のまつりを封,山麓での地のまつりを禅とよび,両者をセットとして封禅の祭典が成立した。

もともとは、
 山頂で「封」、山麓で「禅」の祭
を行っていたのだが、その後両方を
 泰山で行う
ことになった。上記記事は次のように続く。

封禅説の成立は戦国末以後のことであって,それには方士が深くかかわっていたものと考えられる。史実として確認できる最初の封禅は秦の始皇帝28年(前219)に行われたそれであり,つづく漢の武帝の元封1年(前110)に行われたそれによって詳細が明らかとなる(略)その後,後漢の光武帝,唐の高宗や玄宗,宋の真宗たちも莫大な国費を投じて封禅を行った。

で、

泰山において政治上の成功の報告を行うとともに不死登仙を求めるところの封禅の説

という封禅を行うことが、
 中国皇帝の見果てぬ夢
となった。

で、
  『史記』封禪書
には、春秋時代の知恵者、斉の管仲が述べた
 過去の帝王が封禅の祭を行った山の名前
が列挙されている。管仲は、これまでに72人の帝王が封禅の儀式を行ったけれども
 名前を覚えているのは12
として、封禅を行った帝王と祭を行った山の名前を挙げていくのだが、


無懷氏封泰山、禪云云虙羲封泰山、禪云云神農封泰山、禪云云炎帝封泰山、禪云云、黃帝封泰山、禪亭亭。顓頊封泰山、禪云云帝俈封泰山、禪云云封泰山、禪云云封泰山、禪云云、禹封泰山、禪會稽。封泰山、禪云云、周成王封泰山、禪社首。

無懐氏以下9人の古の帝王が、
 云云山で禅の祭を行った
と言っている。
「云云」は、山の名としては
 うんうんさん
であって、
 うんぬんさん
ではないらしい。

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2016-11-12

日本道教学会第67回大会@本日 京都大学文学部 一般来聴者歓迎

本日開催なのだけれども、
 日本道教学会第67回大会

 京都大学文学部
で開かれる。
一般来聴者歓迎とのこと。大会参加費は1500円。
Photo

研究発表会場 京都大学文学研究科第三講義室

研究発表 9:30-15:00(昼休み 12:00-13:00)
特別講演 15:15-17:05

午前の部
9:30-10:00
姜生(四川大学)「張道陵以前儒生的道教」 司会 三浦 國雄(四川大学)
10:00-10:30
垣内 智之(大阪市立大学)「『大洞真経』の再検討」 司会 亀田 勝見(福井県立大学)
10:30-11:00
金 志玹(ソウル大学)「道教の傳經儀禮における臨壇三師について」 司会 小南 一郎(泉屋博古館)
11:00-11:30
坂内 榮夫(岐阜大学)「『莊子口義』と禪について」 司会 中西 久味(新潟大学名誉教授)
11:30-12:00
加藤 千恵(立教大学)「鉛汞小考」 司会 都築 晶子(龍谷大学名誉教授)
午後の部
13:00-13:30
野村 英登(二松学舎大学)「内丹と築壇―翁葆光の『悟真篇』解釈とその展開」 司会 横手 裕 (東京大学)
13:30-14:00
谷口 綾(日本体育大学)「元代の医家と儒医―龍谷大学所蔵『家伝日用本草』をてがかりとして」 司会 武田 時昌(京都大学)
14:00-14:30
頼 思妤(東京大学大学院)「「墨杘谷」から「雉衡山」へ―楊爾曾の道教系出版事業と明代女仙信仰」 司会 森 由利亜(早稲田大学)
14:30-15:00
松家 裕子(追手門学院大学)「新宝巻」にみえる信仰のありかた―孤魂と免災― 司会 土屋 昌明(専修大学)

特別講演(15:15-16:05)
黎 志添 (香港中文大学道教文化研究センター長)『太乙金華宗旨』の浄明起源問題 ― 清初常州における呂祖乩壇信仰と浄明派の関係から 講師紹介 金 志玹 (ソウル大学)
特別講演(16:15-17:05)
麥谷 邦夫(京都大学名誉教授)「三教論爭から見た道教」 講師紹介 神塚 淑子(名古屋大学)

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2016-08-11

上代文献を読む会『上代写経識語注釈』勉誠出版 2016.2 14040円 あるいは何故「漢文」は舐められるのか(追記あり)

大学の同級生が
 上代文献を読む会『上代写経識語注釈』勉誠出版 2016
を贈ってくれた。多謝。正倉院展というと、きらびやかな工芸品よりも
 文書や仏典
に張り付いて眺めているわたしの好みに合わせてのことだ。まあ、正倉院展に出陳される仏典であれば、経題を見ないで、
 その場で読んで、どういう類の仏典のどの部分か当てるのを楽しみにしている
わたしも大抵なのだが。

総頁704頁に及ぶ巨冊だし、日本語で書かれた上代関連の文献は精査してあり、その点は非常に有益である。
何年もかけた研究会の成果で
 大変な労作
なのだけれども、一言で言えば
 甚だしく勿体ない
のだ。何が勿体ないかというと
 研究班に、中国学や中国仏教もしくはインド仏教のプロパーの研究者が含まれてない点
である。もし、
 中国学や中国仏教もしくはインド仏教のプロパーの研究者が含まれていた
ならば、本書は
 国内の古代史研究者のみならず、海外の仏教学・日本学・中国学の研究者を裨益する必携の書物
となっていただろう。学際的研究班を編成できなかったのは、大変に惜しいだけでなく、そうなっていれば、参加者にとっては
 出典調べや読解の苦労が半減
していたことは間違いない。

彼我の差は大きい。
たとえば
 岩波文庫 『高僧伝』
の共訳者である
 船山徹京大人文研教授
は、
 元々は印度学(仏教学専攻)の出身で、梵文で仏教論理学を研究していた研究者
である。京大の印度学では、梵語やPāli語、Tibet語等の古典文献は読むが、漢文は扱わなかった。漢文仏典は
 自助努力
で読むことになっていた。
船山教授は、その後、人文研に入り、みっちりと漢文の研鑽を積み、吉川忠夫先生と共に、岩波文庫の『高僧伝』の訳注を作った。吉川先生に直接伺ったところでは、あの詳細な注に
 船山教授の貢献は極めて大きい
とのことだった。

当時のカリキュラムでは、印度学で、2年間、学部で学ぶと
 漢訳仏典から元の梵文が透けて見える
ようになる。船山教授は、その上で
 漢文の仏教文献を読んでいる
のである。

上代の写経識語においても、同様に
 印度学と中国学の両方への目配りは欠かせない
のだが、残念ながら、本書の場合、
 漢語の用例は追っている
けれども、
 仏教用語に梵語等インドの言語による注がついてない
のである。漢訳では、一つの梵語に
 いくつも別な訳がついている場合
がある。こうした「差異」は
 元の梵語(なければやPāli語等)を示しておけば、混乱せずに済む
ので、仏教学の論文では、
 梵語に戻しておく
のが普通の手続だ。そうしたことが行われてないことからも
 印度学プロパーはいない
ことが分かる。
(追記 8/12 1:00
梵語に戻すというのは
 卒塔婆(skt. stūpa)
といったように
 注記しておく
ということだ。一々、全ての漢語を元の梵語にして、説明をせよ、ということではない。
もし、「梵語」に戻さないと何が起こるか。
漢訳仏典は、その訳出年代により
 古訳(鳩摩羅什〈skt. Kumārajīva 344-413〉以前の漢訳。)
 旧訳(鳩摩羅什以降、玄奘(600-664)以前の漢訳)
 新訳 唐・玄奘訳
に分けられる。新訳は、言語的に正確な飜訳を期したものだが、流麗さにおいては、鳩摩羅什訳には及ばないため、読誦には、今でも鳩摩羅什訳が使われていたりする。
例えば、般若経類で、最も古い漢訳は後漢の桓帝の建和元(147)年に首都洛陽に来たった支婁迦讖による
 『道行般若経』(大正蔵8、No. 224 訳出は霊帝の光和二(179)年)
であるが、梵本やその断片(1-2世紀)が見つかっており、唐の玄奘訳までに次のような異訳がある。
 呉・支謙訳『大明度経』
 前秦・曇摩蜱・竺佛念訳『摩訶般若鈔経』
 後秦・鳩摩羅什訳『小品般若波羅蜜経』
 唐・玄奘訳『大般若波羅蜜経・第四会』
 同『第五会』
これらの異訳経の中で、梵本に現れる
 māra(魔)
の訳語を比較すると
 弊魔 『道行般若経』
 弊邪 『大明度経』
 弊魔 『摩訶般若鈔経』
 悪魔 『小品般若波羅蜜経』
 悪魔 『大般若波羅蜜経・第四会』
 悪魔 『第五会』
となる。こうした「弊魔」「弊邪」「悪魔」いずれも
 māraの訳語
であり、個々の漢語をそれぞれ比較するだけでは、混乱に終わるだろう。中国語の初期の仏教用語の多くが訳語から生まれたものである以上、梵語の注記は、不要の混乱を避けるために行う。
(以上、
 中國宗教文獻研究國際シンポジウム報告書( 『佛典漢語 詞典』の構想 / 辛嶋靜志
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/65875/25/02Karashima.pdf
を参照のこと。)
(追記終わり)

この研究会に、中国学プロパーの研究者がいなかったことは、注釈のあちこちで触れられる
 出典調べの内容
で明かである。例えば、何の断りもなしに
 『書経』舜典
と書いてあると、やはりガッカリしてしまうのだ。現代の研究書であれば、何故、『偽古文尚書』の篇立てに従って出典を示したのか、一言書いておかねばなるまい。(ちなみに、先師尾崎雄二郎先生の『説文解字注』の学部・大学院共通演習で
 舜典
などと言おうモノなら、例え、その年初めて参加した3回生であろうとも許してもらえなかった。)
(追記 8/12 1:50
もし、『偽古文尚書』を使うのであれば、最初に
 五経の引用は『五経正義』に従う
と断っておけば良い。そのようなコメントなしで
 『書経』舜典
と書くと、日本の儒学経典受容史を知らない、一般的な中国儒学研究者である
 海外の研究者から無知を疑われる
ことになる。
追記終わり)
(追記 8/12 3:30
ところで「平成」だが、俗説によると、当時の竹下登首相はいたく「平成」を気に入っていたとかで、検討資料には「平成」が大きく書いてあり、他の候補とは扱いが違った、と伝えられている。
追記終わり)
(追記 8/12 11:30
『偽古文尚書』について。『集英社世界文学大事典』より。


中国,『尚書』(『書経』)のテクストの一種。58編。このテクストのうち,偽作の明らかな25編のみを『偽古文尚書』と呼ぶ場合もある。直接に現在のものにつながる『尚書』のテクストは東晋(とうしん)初年に出現した。そのテクストの大半の編は古い『今文(きんぶん)尚書』などを引き継いだものであったが,そのうちの25編は当時すでに失われていたものを古い引用文などによって補いつつ偽作したものであった。このテクストは,それまで序だけがのこり,本文が失われていた諸編が補われた,より完全なかたちをのこす『古文尚書』(古文とは,古い字体をいう)が新たに発見されたとして,公表された。(略)このテクストは『偽古文尚書』と呼ばれ,それに付けられていた孔安国の注も,漢代の孔安国のものではないとして,『偽孔伝』と呼ばれる。このテクストが唐代の『尚書正義』に採用されて,現行の『尚書』のテクストの基礎になったが,それに偽作の編が含まれていることについては,明清(みんしん)時期に閻若璩(えんじやくきよ)らによって最終的に確かめられた。
(小南一郎)

竹内照夫『四書五経 中国思想の形成と展開』東洋文庫 p.204上

『書経』も文献学的には多くの問題を持つ経書であり、近世以後の研究によると、漢代にまず今文書経が作られ、おくれて古文が発見されたが、古文の方が内容が多かった。しかし、漢朝の末から六朝の初期にかけて書経の原本は二種とも亡失され、そのころにたれかの再編集した古文テキストに従うものが、今に伝わる書経で、これには偽作的付加のあることが明瞭であって、正式には『偽古文尚書』とよばれているのである。

「舜典」について。
『孟子』萬章上
堯典曰、二十有八載放勛乃徂落、百姓如喪考妣、三年、四海遏密八音。
この『孟子』が「尭典」として引用する部分は、現行『尚書』では、「舜典」となっており、篇次が異なる。
(追記終わり)

中味は日本のものであっても
 漢文は元々は中国の文語文だ
という観点は必要だ。それも
 上代の漢文であれば、中国語との距離は今の日本語よりは余程近い
だろう。
 その漢文の作者に、漢文を教えたのは、「日本人とは限らない」
からだ。もちろん、日本の漢文には、
 和習
という問題も存在するけれども、それよりはまず
 正格の中国語文語文がきちんと読めるか
というところから始めるのが正攻法ではないのか。
 漢文訓読
とは、
 シンタックスの異なる中国語を日本語で読むための便法
であり、そもそも
 漢文は中国語であり、「外国語」だ
という意識がないと、思わぬ読み違いをしてしまう。少なくとも、上代の漢文を扱うのであれば、当時の日本の文化人の基礎教養の一つであり、木簡にもその名が出てくる
 『文選』
と、正倉院文書に書写や所蔵の記録が残っており、仏教関係者なら読んでいたと思われる
 『弘明集』
辺りを少し勉強しておいてから、読み始めても遅くはない。また、これも常識だが
 士大夫の中国語文語文(『文選』)と僧侶の中国語文語文(『弘明集』)とは性格が異なる
ので、片方のみで済ませるわけにも行かない。オーソドックスな中国語文語文はもちろん
 士大夫の漢文
である。僧侶の漢文は
 仏教梵語同様に「変格」の漢文
になる。
いくら上代の漢文であろうとも、
 書き手は、少なくともかなりの教養人
だから、
 識語を書いている人々の教養に追いつくという意識
がないと、
 見通しの悪い読み
になってしまうし、何より
 書き手への敬意を欠いている
のではないか。

『文選』や『弘明集』では
 駢文
にも立ち向かうことになる。実際、本書が扱う
 上代写経識語
には
 駢文
が用いられている箇所があるのだが、残念ながら
 駢文の構造に慣れていない
ようで、読み違えている部分がある。こうした辺りも
 中国学プロパーの研究者が参加していなかった
ために起こった躓きだろう。

もう、二十年近く
 古代史をやるのなら、中国語を習得して、それから漢文も中国語で勉強して欲しい。その方がわかりやすいし、いい教科書があるから。
と言っているのだが、大体は
 そんな面倒なことはイヤだ

 あくまで漢文で読めれば良い
と答える。それは、
 五経や『文選』等を当然の教養として勉強していた古代の書き手
よりも
 学力が劣る状態で「読む」
ことが、いかに不利であるかを自覚していないのではないか。

日本人は、明治まで
 教養人は漢文を習得
していた。もし、これまで中国語を習得していない、国史や国文を学んだり、研究している人々が
 漢文文献を扱う
予定があるならば、1日少しの時間でいい、いきなり『文選』は無理だし、独学は難しいから、高校の教科書にもその中の作品が採用されている
 唐宋八家文
辺りから少し選読するなりして、
 当時の日本人の中国語力に近づく努力
をして頂きたい。

しかし、
 勉誠出版
って
 日中文化交流史関連の出版
を手がけているんだけど、どうも
 中国学関連の校閲が甘い
ような気がしますね。それとも
 本書については、筆者達しか校閲に携わってない
のだろうか。そうだとすると、気の毒な話である。

おまけ。

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2016-07-15

例文が笑える「日語流行口語宝典bot」 中国で日本語を学ぶ若者が「使いたい日本語」満載

twitterには、時々TLを眺めて和めるように
 ひと味違ったbot
を入れてあるのだが、語学系botの内では、
 日語流行口語宝典bot
が気に入っている。元になってるのは2005年に出版された
 流行口語宝典系列-日語流行口語宝典(カセット付)
で、著者の李成一氏は韓国人とのこと。

たとえばこんな調子だ。











とまあ、こんな調子。
当然ながら
 初級中国語教材
としても使えるわけで、そこら辺の初級中国語教材とはひと味違うところが良い。

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2016-07-13

「海外の大学で教えているグローバルな日本文学」とは何か 楊暁捷カナダ・カルガリー大学(ドイツ・ロシア・東アジア研究学部)教授作の「仮名連綿解析動画」が凄い件 小テスト付の親切設計

(追記 5:30)
楊暁捷教授は、7/29に国文学研究資料館で開かれる国際シンポジウムで
 基調講演
を行う予定。


日本古典籍への挑戦 ―知の創造に向けて―
" Tackling Pre-modern Japanese Texts: New Horizons of Understanding"

日 時:平成28(2016)年
7月29日(金)~7月30日(土)(2日間)
場 所:国文学研究資料館 大会議室
(東京都立川市緑町10-3)
主 催:大学共同利用機関法人
人間文化研究機構国文学研究資料館

入場無料 聴講自由

-----H28.7.29-----
 基調講演 「デジタル時代と古典研究 ―画像資料のあり方を手がかりに― "Classical Studies in a Digital Age:A Look at the State of Visual Material"」 13:20~14:20
楊暁捷(カルガリー大学言語学・語学・文化学学科教授)
YANG Xiao Jie(University of Calgary)

 研究報告1 「オーロラと古典籍」 14:40~
 研究報告2 「書誌学から総合書物学へ」 15:30~
 研究報告3 「人情本コーパスの表記情報アノテーション」 16:00~
-----H28.7.30-----
 パネル1 「アジアのなかの日本古典籍」 10:00~
 パネル2 「日本漢文学研究を“つなぐ”―通史的な分析・国際発信・社会連携―」 12:10~
 パネル3 「中世の異界 ― 内と外 ―」 13:50~
 パネル4 「古典籍を活用する/情報を活用する」 15:30~


20160729_nijl_sympo2
(追記 ここまで)

楊暁捷教授は、カナダ・カルガリー大学 ドイツ・ロシア・東アジア研究学部で
 近代日本文学
 古典中国文学・日本文学
 あらゆるレベルの日本語(ここが重要。いま海外の日本文学・日本語学の教員は、ある時代専門という雇われ方をすることはほぼないのではないか)
を教えている。専門は
 絵巻物・軍記物
だ。北京大学を卒業の後、京大に留学して1989年、国文に学位論文
 源平盛衰記論考-中国文化の受容について-
を提出、博士(文学)を取得、その後カナダに移り、91年からカルガリー大学で教鞭を執っている。
 グローバルな日本文学研究
というのは、こういうことなのだ。日本語のblog
 絵巻三昧
もなかなか面白い。
今年の4月、これまでの海外での日本文学研究・教育普及の功績により、旭日小授章を受賞した。56歳での叙勲は、人文系の研究者としては異例に近い若さだ。

楊暁捷教授の研究の特徴は
 デジタル教材の開発
にある。
 誰でも簡単に日本文化や日本文学にアクセス出来る入口作り
に心を砕いている
 海外で活躍する外国人の日本文学・語学研究者の第一人者
と言ってもいいのではないか。
1988年にはすでに
 CD-ROM 『kanaCLASSIC TM ─電子版変体仮名の手引き』 カルガリー大学、
コロンビア大学出版社、 勉誠出版
を出している。88年といえば、まだパソコンが
 海のものとも山のものともつかぬ時期
で、日本では
 NECの98シリーズ
で、
 MS-DOS3.11(or 3.3)
が動いていた時期なのだが、早くも
 電子版の媒体で変体仮名のガイドを出す
ことに着目している。炯眼といえよう。

さて、楊暁捷教授は、これ以外にさまざまなデジタル教材を作っているのだけれども、6月22日に発表したのが
 動画・変体仮名百語 100 Classical Kana Words in Motion
である。
100w


 変体仮名を読み解こうと思えば、まず単体の字母とその変形を覚え、つぎのステップはかなの連綿である。デジタル環境において、切り取った実例とそれが置かれた作品との関連を簡単に提示することが出来るようになり、仮名の字形を動きをもって解説することも可能になった。ここに「e国宝」で公開されている平安や鎌倉時代の二十作品から百語を選び、動画解説を試みた。古典文字の美しさを堪能しつつ、変体仮名を身近に感じ取ることに役立てればと願う。
To understand classical kana, the first step is to memorize each single character and its origin, then move to multiple kana in a line. The digital technology provides a possibility to connect examples and its original work, and to explain the shape of kana through a motion. Here I selected 100 words from 20 titles available at e-Museum, created motion pictures to show the writing process. Please enjoy the beauty of the writing, and approach to classical kana at your own pace.

e国宝から、平安〜鎌倉時代の20作品を選び、そこから100語を抜き出し
 実際、どういう風に書くのか
を、アニメーションで示しているのである。選択された100語はこちら。

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2016-06-04

漢訳仏典を調べる(初心者編)

元々、仏教学専攻なのだが、京大の仏教学は
 印度学の1分野
なので、中国仏教や漢訳仏典は真っ正面からは扱われなかった。だから、
 漢訳仏典を調べるやり方
のは、
 自力更生
で身につけたのだけれども、
 専門外だと、仏典を調べるのが難しい
という話を聞いた。

現代は、
 Internetに大蔵経がアップロード
されているわけで、大蔵経内から
 文字列を探し当てる
のは、簡単になっている。しかし
 その文字列が記されている仏典の正体
とか
 その文字列がどういう意味合いで使われてきたか
とかいった
 基本的な部分
は、時間を掛けて身につけないと、せっかく探し当てた文字列を解釈できない。

仏典初心者のための良い教科書が、ネット上にある。東洋文庫の會谷佳光さんが作られた
2012年2月16日(木) 平成23年度アジア情報研修資料 財団法人 東洋文庫 「仏教典籍(漢文資料)の調べ方」(PDF)
だ。
 アジア情報研修の際に使われたテクスト
のようだが、簡潔に、
 仏教興起
から
 漢訳仏典の性格
を時代順に説き及び、もっとも力が籠もっているのが
 歴代大蔵経の紹介
である。専門家でも面倒な大蔵経の展開が、カラー図版を交えて、わかりやすく説明されている。

出典が仏典だと
 げ、仏典
とか思う方は、是非ご一読を。

わたしが、漢訳仏典を調べる方法を身につけたのは、ほとんど参考にはならないとは思うのだけれども、一応紹介すれば、
 大正蔵55巻目録部の『出三藏記集』から『貞元新定釋教目錄』までと費長房『歴代三寶紀』(大正蔵49)、大正蔵54巻事彙部下の『一切經音義』『續一切經音義』

 ともかく、端から端までめくる
というやり方だった。頭の中に文字列を
 画像的に記憶
する訳である。一度に大量にやると、すぐにイヤになるので、一日にめくる量を決めて3ヶ月くらいやっていた。たまたま、その時は、健康を害していて、とてもじゃないけれども
 まともな調べ物
をする体力がなかったのだが、
 ひたすら頁をめくる
のは可能だったので、情報が入らなくなって、頭が寝てしまわないように、ともかくめくった。
重症の活字中毒向け。

あとは、必要に応じて、
 大正大藏經索引
をめくった。オンラインデータベースのある現在では、書冊体の『大正大藏經索引』の出番はほとんどないし、あの索引は
 巻によって出来の善し悪しの差が大きい
ので有名で、そうそうお勧め出来ないけれども(律部の索引は、比較的マシ)、
 単なる羅列ではない索引
なので、初心者が漢訳仏典の組織を知るには悪くなかった。

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6月4日がやって来た

今日は6月4日。
1989年のあの日から27年経った。
当時、アメリカにいた留学生が詠んだ詩。


元宵
東風拂面催桃
鷂鷹舒翅展程。
玉盤照海熱涙、
遊子登思故國。
休負生報國志、
有我勝萬金。
起直追振華夏、
且待神洲遍地春。

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2016-05-16

中国語の詩詞作成をオンラインで支援 街の「漢詩教室」存続を脅かす漢詩詞作成補助総合サイト「捜韻」がとんでもない 和歌・俳句陣営は今のところ音なし?

ああ、吃驚。
あまり使わない言葉が、江戸時代の幕府医官伊澤蘭軒の書いた文章の中に出てきたので、
 ネットで博捜
したところ、
 捜韻
という、中国語繁体字サイト(簡体字には簡単に変換出来る)に行き当たった。ここでは
 archive.orgにアップロードされた中国語の古典
を利用して、
 ありとあらゆる詩や詞に使われた言葉
を集め、
 韻引き出来るように配列
した上、
 《漢語大詞典》、《康熙字典》、《典故大全》、《歷代詩詞庫》、《佩文韻府》及《詞林正韻》など多数の典籍
を用いて、
 韻典(韻引き辞典)
を構成し、更に
 詩や詞が、その格律(詩詞を作る時の決まり事)に合致しているかどうか

 判定
してくれるのだ。判定してくれた上に
 間違っている部分に「別な字句を提案」
するという、
 至れり尽くせりのサービス
で、もちろん
 詩詞の作成に欠かせない古典資料も、archive.orgから揃えている
という親切設計である。
ここまでオンラインで至れり尽くせりだと
 街の凡庸な「漢詩教室」は太刀打ち出来ない
んじゃないかなあ。しかも
 詩詞作成が自学自習出来てしまうシステム
なので、
 初心者に限らず、中級者でも大いに使えるシステム
だ。今までは
 手で引いていた「詩詞作用韻引辞書」を一瞬で引いてくれる
上に それぞれの語彙をクリックすると、辞書の該当する項目に飛んでくれる
という
 辞書引きが嫌いな人にはうってつけの「楽ちん設計」
なのである。試しに提示された代替案から
 日間
を引いてみると


《漢語大詞典》:日间(日間)  拼音:rì jiān
(1).白天。《京本通俗小說·錯斬崔寧》:「不想卻有一個做不是的,日間賭輸了錢,沒處出豁,夜間出來掏摸些東西。」《儒林外史》第二十回:「 牛布衣 日間出去尋訪朋友,晚間點了一盞燈,吟哦些甚麼詩詞之類。」 茅盾 《創造》一:「夢,有人說是日間的焦慮的再現,又有人說是下意識的活動;但君實以為都不是。」
(2).猶日內。最近幾天里。《二十年目睹之怪現狀》第四四回:「過了一會,繼之回來了,説道:‘我本來日間便要稟辭到任,此刻只得送過中丞再走的了。’」


 『漢語大詞典』
を引いてくれる。
更に加えて
 その韻を含む詩詞語が誰の作品に使われているか

 年代順に並べて提示するシステム
も備えている。言葉は時代によって変化するから、この配列システムは重要だ。
現物にアクセス出来る資料は、『四庫全書』以外のものを集めた
 四庫之外
だけでも膨大だ。

日本で、もし同様のシステムを作るとしたら
 和歌・俳句作成支援データベース
かな。でも
 出来るのか、やる気はあるのか
と聞いても、たぶん
 国文学の方々は及び腰
じゃないかなあ。残念ながら、
 文化発信で負けまくっているぞ、国文学
は。
「捜韻」を使えば、
 中国語を母語としない学習者でも、割合簡単に詩詞が作れるようになる
だろう。
 音の長さを一定にして作る和歌・俳句
と異なり
 詩詞は一字一字を格律に従って嵌め込んでいくパズル
なので、
 より知的に刺激される部分
がある。どっちが、中国語や日本語を母語としない世界の人々に受けるかは今後の
 和歌・俳句陣営の頑張り
に掛かっている。

さて、「捜韻」の
 詩の格律判定システム
に、試しに、
 正倉院文書の楽書
として知られている、
 七夕詩
を判定させてみた。昨年の正倉院展でも展示された作品である。平仄をまず示してくれる。


五言絕句 押删韻
度月照山裏。古神遊河間。(本聯下句三平尾)
仄仄仄平仄。仄平平平平。

幸相三餞別。不醉客非還。
仄平平仄仄。仄仄仄平平。

で、診断。


詩中平仄或用韻有誤之處,根據系統資料庫,列舉參考詞彙如下:
(詩の中の平仄では、当システムのデータベースによると、韻の用い方に間違っている場所があるようなので、参考となる詞彙(詩詞で使う語彙)を次のように列挙して示す。
第2句“遊”字平仄有誤,系統根據後兩字“河间”,提供以下詞彙供參考:
(第2句の「遊」という字は、後の「河間」の2字に続けるのなら、平仄が間違っている。参考のため、以下の詞彙を提供する。)

として、次のような
 膨大な代替案
を提示してくれる。

続きを読む "中国語の詩詞作成をオンラインで支援 街の「漢詩教室」存続を脅かす漢詩詞作成補助総合サイト「捜韻」がとんでもない 和歌・俳句陣営は今のところ音なし?"

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2016-03-16

道坂昭廣『正倉院藏《王勃詩序》校勘』香港大學饒宗頤學術館 學術論文/報告系列(二十七)

日本では
 文系学部廃止論
などが出て、
 文系などゴミ
と思っている政治家がたくさんいることが分かった。
 文系廃止に賛成の政治家諸賢
におかれましては、二度と人前で
 『論語』を引用してエラそうにする
なんてことをしないようにお願いする。
 あなたたちがゴミだと思っている文系の「宝」の一つが中国古典
だ。
 ゴミを引用するなど、「恥ずかしい」
でしょうが。

科挙の国中国で「一国二制度」下、古典研究に気を吐いている香港大学には、いくつか古典研究の拠点があるけれども、
 饒宗頤學術館
もその一つだ。台湾・香港そしてただいま
 爆買い
で名を馳せている
 中国大陸
であっても
 古人の文化遺産である中国古典
は大事にされている。決して
 研究者を根絶やしにするような暴挙
は行わない。中国の長い歴史の中で、本気で研究者を根絶やしにしようとしたのは
 焚書・坑儒を行った秦始皇帝
くらいなものである。だから
 文系ゴミ論者

 秦始皇帝に並ぶ「英傑」
である。それぞれ
 わたしは秦始皇帝に並ぶ、勝れた文化政策を主張しています
と大声で喧伝するがよかろう。

このところ、たぶん
 文系ゴミ論者
には
 そんな研究はゴミ
だと思われるだろう
 日本古代の学術受容
について調べているのだが、
 正倉院
には、現在中国に伝わっているのとは別系統の
 唐代の詩人 王勃の詩集
が残っている。王勃は、初唐に属する人物だ。初唐とは、『日本大国語辞典(日国)』に拠ると、


 中国の唐代(六一八〜九〇七)を四分した第一の時期の称。高祖武徳元年(六一八)から玄宗即位の前年(七一一)までを指し、先天元年(七一二)から永泰元年(七六五)までを盛唐、大暦元年(七六六)から宝暦二年(八二六)までを中唐、太和元年(八二七)から唐の滅亡(九〇七)までを晩唐と称するのに対する。特に唐詩の時代区分として用いられ、近体詩が沈佺期・宋之問などにより完成され、また、王勃、楊炯、盧照鄰、駱賓王、陳子昂などが出現した時代。

となってるんだが、玄宗即位は712年で動かないんだけど、初唐711年でおしまい説はあまり見たことがない。玄宗即位「前年」を現在の暦法に直すと、711年なのか712年なのか、はっきりしないので、日国では711年としているようだ。普通は、この辺りはぼかすんだけどね。玄宗が即位したのは
 先天元年(712)八月四日(9月9日)
だ。今と暦法が違うから、こういう、齟齬が起きたというか、日国のこの項目を書いた人が、「前年なら1を引けばいい」と思っちゃったか、ま、そんなところ。ああ、びっくりした。
で、日国に出てくる
 王勃、楊炯、盧照鄰、駱賓王の4人

 初唐の四傑(しけつ)
で名高い詩人達である。4人とも、出世できず不遇だったが、
 大凡そ 物 其の平を得ざれは則ち鳴る。(韓愈「送孟東野序」)
ってわけで、勝れた詩を残した。最初に名を呼ばれる
 王勃の詩が最も優れている
という評価だ。
今風に紹介すると
 王勃 冗談で檄文を書いたら高祖が激怒 父を訪ねてベトナムへ行く途中で溺死
 楊炯 元神童 部下殺しの異名をもつ
 盧照鄰 病気で退職 入水自殺
 駱賓王 左遷に怒り官を棄て 則天武后への謀叛に加わるも失敗 行方知れず
という4人である。みなさんワイルドというかなんというかだ。

初唐と盛唐の区切りは、玄宗即位の前年で一致してるけど、その後の唐代の4区分は諸説あって、例えばこんな感じだ。
 初唐 618-712
 盛唐 712-762/765
 中唐 762/766-835/840
 晩唐 836/840-907
日本の奈良時代は、初唐の終わりから中唐に掛けて、ということになる。

で。
盛唐といえば、唐詩花盛りの最も充実した時期で、中学高校の国語で習う詩人で言えば
 李白・杜甫・孟浩然・王維・高適・岑参・王之渙・王昌齢・王翰
などの詩人が、美しく厳しい規律の下に作られる近体詩(絶句・律詩)や豊かな詩想をさまざまに表現する古詩を残している。
しかしながら、
 奈良時代の遣唐使

 唐で最新流行の近体詩を学んで帰ってきた形跡がほとんどない
のである。当時の詩を編纂した日本最古の漢詩集『懐風藻』の詩の主なものは
 その前の時代の六朝や初唐の詩に学んだ体裁
である。六朝の詩は、
 宮廷内の宴会で詠まれた詩
が多く、平安時代の貴族の詠んだ歌と状況がやや似ている。融通無碍の唐詩ののびやかさには及ばない。

もっとも
 近体詩を作れなかった
ということと
 唐詩を読まなかった
ということは同値ではない。最新流行、盛唐の近体詩を集めた書物はまだなかったか、目に付かなかったかだが、
 初唐の詩人の書物
は、ちゃんと買って帰って来た。それが、現在正倉院に残る
 王勃詩序
の原本の筈だ。
わたしの仕事の一つは、木簡等に残った
 習書(手習い)
を集めて、当時の文化状況を推測するのだが、木簡や正倉院文書にはどうも
 初唐の四傑に学んだらしい形跡
を残すものがある。
 初唐のワイルド4は奈良時代の宮中で結構人気者
だったみたいね。

で、アクセスのしにくい、正倉院の『王勃詩序』を研究、写本なので当然書き間違い等があるわけで、校勘を行ったのが、先輩の道坂昭廣さんだ。このお仕事をまとめたものが
 『正倉院藏《王勃詩序》校勘』香港大學饒宗頤學術館 學術論文/報告系列(二十七)
である。この書籍をCiNiiで見ると、所蔵が2館しかなく、
 どうしよう
と青くなったのだが、そこは
 太っ腹の香港大學饒宗頤學術館
である。リポジトリで、全冊PDFとして入手可能だ。
學術論文/報告系列(二十七) 正倉院藏《王勃詩序》校勘
ただし、最初に
 メールアドレスを登録
する必要がある。アドレスを登録すると、しばらくしてから
 password
が送られてくるので、それ以後はリポジトリにアクセス可能だ。
ありがとう、香港大學饒宗頤學術館。

ほかにも、學術論文/報告系列として、興味深い論文が出版されているので、中国学研究者は当然のこと、
 日本古代の仏教/説話研究者
 広東13行等に興味のある研究者
等等は、是非アクセスを。
學術論文/報告系列

というわけで、道坂さん、ありがとうございます。大変助かりました。

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2016-02-27

ありがとう早稲田大学 平安朝漢詩文総合データベース『群書類従』「文筆部」編

毎年のことなのだが、
 手元にあるはずの書物が見えなくなる
のである。今年も例年通り、探しても見つからないのが
 赤い大系こと岩波古典文学大系

 第69 懐風藻 文華秀麗集 本朝文粋
という奈良・平安時代の漢詩集だ。なくなると、その都度古本屋から買って、その後見つかるというパターンで、たぶん、家に3冊くらいあるはずなのだが見つからない。探しているのはこの中の
 文華秀麗集
で、底本は
 群書類従
一本勝負。そこで、国会図書館のデジタルコレクションから
 写本の群書類従
を拾った。活字本はCD-ROMを持っているが、実は写本と版本で字が違ったりする。

一応、それで用が足りたのだけれども、いろいろ調べていったら、こんな立派で便利なデータベースがあるじゃないか。早稲田大学の
平安朝漢詩文総合データベース 『群書類従』「文筆部」編
底本は『群書類従』だが、何も書いてないところを見ると
 活字本
かしら。平安時代までに成立した
 懐風藻 凌雲集 文華秀麗集 経国集 扶桑集 本朝麗藻 本朝無題詩 都氏文集 田氏家集 菅家後集 江吏部集 法性寺関白御集
を収録、
 作品名・著者名・題名・本文
のそれぞれの項目から検索出来るが
 全項目検索
も可能。
どうもありがとう、早稲田大学日本古典籍研究所。

いやね、ある論文を読んでいたら、『文華秀麗集』に入っている詩の題名が違うので、何故そんな題名になったのか、元の本を見たかっただけなんだけどね。残念ながら、分からなかった。ということは、やっぱり赤大系を見なくちゃいけないのか。

国文学資料館にIDを請求すれば、赤大系はオンラインで見られるのだが、Mac/Safariで操作すると、よくわからない挙動をするので、その後、触らないままIDが失効してしまった。直ったかなあ。

(続き 21:00)
げ。


大系本文(日本古典文学)データベースは、2016年1月29日(金)に公開を休止いたしま した。

今後につきましては、出版社と協議中です。

大系本文(噺本)データベースは、噺本大系本文データベースに改称し、下記のURLで公開しております。
http://base1.nijl.ac.jp/~hanashibon/

おやおや、赤大系の公開は止めちゃったのか。
一番最初の頃の、使いにくい、ベタ打ちのデザインの頃のが、実は後から使いやすかったけどね。

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