2017-10-16

清・王念孫『讀書雜志』が「王念祖」になっている件@北京大学図書館/archive.org

必要があって
 高郵王氏父子の著作
を見なくちゃいけない。
こういうときは
 近年、北京大学図書館がコレクションに寄与
している
 archive.org
を覗くと、いいことがある。

果たして、あったのだけど、これ何だ?
20171016_140301
拡大
Bd
 王念祖
って誰よ?

登録する時に誰かがタイプミスしてそれっきりなんだろうけど
 王念孫
に直しておいて欲しいものだ。

archive.orgだけど、最近は
 素直に漢字で検索が通る
ようになっていて、超便利。

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2017-09-21

国立国語研究所が提供する日本語歴史コーパスに『万葉集』約10万語分の「奈良時代編Ⅰ万葉集」が加わる@9/29

これは画期的! 今から公開が待ち遠しい。
先ほど、国立国語研究所から来た告知メール。


このたび、国立国語研究所では『日本語歴史コーパス』(CHJ)の一部として、下記のデータ(ver.2017.9)をコーパス検索アプリケーション「中納言」上で公開します。

  「奈良時代編Ⅰ万葉集」(短単位データ 1.0 / 長単位データ 1.0)
  http://pj.ninjal.ac.jp/corpus_center/chj/nara.html

奈良時代編の第一弾として、日本最古の和歌集である『万葉集』約10万語分が加わりました。
あわせて、今回より、校訂本文と原文(万葉仮名)の両方の前後文脈(KWIC)が確認できるようになっています。ぜひ、お試しください。

なお、公開時期は、2017年9月29日18時以降 を予定しています。
この間、一時的にCHJ中納言が利用できなくなります。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

何がうれしいと言って
 校訂本文原文(万葉仮名)の両方の前後文脈(KWIC)が確認できる
点だ。

従来の文学研究では
 比較的恣意的な語彙選択に基づく研究
が許されていた。簡単に言うと
 研究者が「気になった文字列」だけを抜き出して、論じる
というのが
 文学研究の論文
として成立していた。例えば
 『万葉集』に見える〜という語の用法について
なんて題名の論文がその類だ。

いまや
 コーパスがそうした研究の「不備」や「思い込み」を正す
時代だ。同じことは
 思想史や文学史
にも起きている。
 思想史や文学史を「編集」する側の好み
ではなく、原典資料の電子化によって
 どのような思想や文学が存在したか
を示せるようになってきている。

こうした状況下では、もちろん
 データベースを駆使する能力
は前提になるが、それ以上に
 文脈に沿って正確に読み込む能力
が必要だ。これまで電子化テクスト利用下の
 用例研究
が陥りがちだったのは、電子化の副産物とも言える
 大量の用例
を前にした読み手が
 個々の用例の緻密な読みを放棄
して持つに至る
 同じ文字列であれば一意に定まるといった「誤解」
で、
 きちんと読めば意味が異なっているのが理解出来る「同じ文字列」を同列に論じる瑕疵
が、少なからぬ論文で見られる。特に
 比較文学・比較思想の分野
では
 当該言語の習熟度の違い
によって、
 本来あり得ない「誤読」が論文の主眼になる
ことすらあった。例えば、日中で意味の異なる「鬼」などがそうだ。

こうした「誤解」を撃破するのが、コーパスを用いた研究だろう。
今後の進展を期待したい。

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中島長文校・伊藤令子補正『魯迅『古小説鈎沈』校本』(全780ページ、10.99 MB)のデータを公開@京都大学学術情報リポジトリ紅

魯迅が手がけた
 古小説鉤沈
は、類書などから
 散逸した隋以前の「古小説」を輯佚
したものだが、類書からの輯佚には底本の問題等が存在し、また、当時の魯迅の研究環境の問題もあり、必ずしも、文字が正しいとは限らない。
今回、京都府内に現在住んでいるか、府内の機関に所属している(伝統的な)中国学研究者対象の研究助成
 橋本循記念会研究助成
を平田昌司先生が代表者となって受け、中島長文先生、伊藤令子氏が手がけた
 魯迅『古小説鈎沈』校本(電子版)
が完成し、京都大学学術情報リポジトリ紅にアップされた。全部で780ページ、11MBほどの大作だ。
魯迅『古小説鈎沈』校本
斯界を裨益すること大である。改めてお三方に感謝を捧げたい。

目次を掲げておく。[]内の数字はページを表す。


目次:
『古小説鈎沈』校本序 [1]
附録(旧序 一・旧序 二) [7]
校例 [11]
『古小説鈎沈』主要校勘書目 [15]
目次 [21]
古小説鈎沈序 [25]
青史子 凡三條 [27]
裴子語林 原輯一八〇條 刪三條 新附一一條 凡一八八條 [30]
郭子 原輯八四條 刪二條 凡八二條 [101]
笑林 原輯二九條 新附一條 凡三〇條 [130]
俗説 原輯五十二條 新附一條 凡五十三條 [141]
殷芸小説 原輯一三六條 刪二條 新附二〇條 凡一五四條 [158]
水飾 [228]
列異傳 原輯五十條 新附五條 凡五五條 [232]
古異傳 凡一條 [260]
戴祚甄異傳 原輯一七條 新附二條 凡一九條 [261]
祖沖之述異記 原輯九〇條 新附三條 凡九三條 [270]
荀氏靈鬼志 原輯二四條 新附一條 凡二五條 [312]
祖台之志怪 凡一五條 [326]
孔氏志怪 凡一〇條 [335]
神怪錄 原輯二條 刪一條 凡一條 [342]
劉之遴神錄 凡三條 [343]
齊諧記 原輯一五條 刪一條 凡一五條 [345]
幽明錄 原輯二百六十五條 新附十一條 凡二百七十六條 [355]
謝氏鬼神列傳 凡一條 [498]
殖氏志怪記 凡二條 [499]
集靈記 凡一條 [500]
漢武故事 原輯五十三條 刪一條 新附十三條 凡六十五條 [501]
妬記 凡七條 [548]
異聞記 凡二條 [554]
玄中記 原輯七十條 新附二條 凡七十二條 [556]
陸氏異林 凡一條 [584]
曹毗志怪 原輯一條 新附一條 凡二條 [586]
郭季産集異記 原輯十一條 新附四條 凡十五條 [588]
王浮神異記 凡八條 [593]
續異記 凡十一條 [596]
錄異傳 凡二十七條 [601]
雜鬼神志怪 原輯二十條 新附二條 凡二十二條 [619]
祥異記 凡二條 [633]
宣驗記 原輯三十五條 新附一條 凡三十六條 [635]
冥祥記 原輯百三十一條及自序 新附三條 凡百三十四條 [655]
旌異記 原輯十一條 新附二條 凡十三條 [758]
後記 (平田昌司) [769]

おまけ。

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2017-09-17

色覚にトラブルのある学生/生徒に配慮して板書していますか? 文字に使っていいのは白と黄色、赤は枠で囲う時のみ→道教委の教員採用試験では「板書に白、黄、赤を使え」としてるらしいぞ 全然色覚にトラブルのある生徒に配慮がないじゃん

色覚にトラブルのある学生/生徒というのは、一定数存在する。一般には
 赤と緑が見えない、見えにくい
 青と黄が見えない、見えにくい
という形で知られている。小学校の同級生に赤緑の色覚が弱い子がいたのだが、
 机の位置を床にマークしたクレヨンが緑
で、掃除の度に、机をきちんと置けなくて困っていた。

こうした生徒のために、以前は
 初等教育の教員は、色覚にトラブルのある生徒がいる前提

 板書
を行うのが普通だったという。ところが、現在、学校で
 色覚検査
が行われなくなったのと並行して
 色覚にトラブルのある生徒への配慮
そのものも
 雲散霧消
しつつあるという。
@Pontamama12345さんのtweetより。




















色覚検査がないということは
 色覚にトラブルのある生徒がいない
ってことじゃないのだけれども
 配慮が出来ない教員が、指導主事クラスにも増えている
って、どんなことですかね、文科省。もう一度、
 色覚にトラブルのある生徒への配慮

 重ねて通達
した方がいいのでは?

ところで
 北海道教育委員会(道教委)の教員採用試験
では
 模擬授業
があるようなのだが、
 板書は白、黄、
書かないと
 合格し辛い
らしいぞ。
相変わらず
 少数派である、自分ではそのハンディを言い出しにくい生徒への配慮を著しく欠いてる
じゃん、道教委。

おまけ。国立遺伝学研究所に「色覚問題に関する指導の手引き  平成元年3月 文部省 (平成6年増刷版)」のhtml版がある。
板書をするすべての人は、ぜひご一読を。
色覚問題に関する指導の手引き  平成元年3月 文部省 (平成6年増刷版)

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2017-09-11

京都大学 バリアフリーシンポジウム2017@9/9-10

この週末、京都大学で
 バリアフリーシンポジウム2017
が開かれた。
B1


会場 京都大学 吉田キャンパス 北部構内 理学研究科6号館4階401号室
「創って、操って、奏でる「理のバリアフリー」
9月9日 土 13:00~17:00
※17:30 より情報交換会
9月10日 日 10:00~15:15
障害者差別解消法の施行により、各方面で「合理的配慮」が模索されて います。大学における障害学生支援の分野ではハード面、ソフト面の対応 が充実し、障害の有無に関係なく、「ともに学ぶ」インクルーシブな教育環 境が整備されてきました。 しかし、そもそも「合理的」とは何でしょうか。世間一般の“理”とは、健常者、 マジョリティによって創出されたものです。障害者、マイノリティはさまざま な場面で、否応なくこの “理” に合わせることが求められます。「合理的配慮」 が、“理” に合う/合わないという以前に、「合わせる」ことを一方的に強 いるなら、差別解消は絵に描いた餅で終わってしまうでしょう。
既存の “理” を疑い、頭だけではなく、身体を動かして、真理を探究す るのが京都大学の伝統です。本シンポジウムでは、「創る理」「操る理」「奏 でる理」の三部構成で、「理のバリアフリー」を具体化する方途を示します。 三つのセッションを通じて、真理に立脚する「合理的配慮」の指針を提示 できれば幸いです。

都合で、後半の9/10のみ参加した。9/10は

第二部:「理を操る」
全国には「障害」と日々向き合いながら、学問の道を模索 している若手研究者が多数存在します。健常者によって組み 立てられた “理” の中で、彼らが一定の成果を上げるためには、 人一倍の努力と工夫が必要なのは間違いないでしょう。同じ 研究をするに当たって、障害者は健常者以上の時間と労力が かかるのは厳然たる事実です。障害者はこの時間と労力を媒 介として、オリジナルの研究手法、「理を操る」術を磨いてい ます。既存の “理” を批判・超克する強さは、「障害」がある からこそ獲得できるのかもしれません。大学での学問研究にお いて、「障害」を取り除くためには公的支援、人的サポートも 重要でしょう。創理から操理へ、そして操理から創理へ。障 害学生支援の現場では、創理と操理の往還が間断なく繰り返 されているのです。第二部では障害当事者の若手研究者4名 に登壇していただきます。
コーディネーター:村田 淳(京都大学 学生総合支援センター 准教授)
発表者:木下 知威、後藤 睦、安井 絢子、ライラ・カセム
コメンテーター:熊谷 晋一郎(東京大学 先端科学技術研究センター 准教授)



第三部:「理を奏でる」
創理と操理の反復により鍛えられた研究者は、さらに先に 進み、「理を奏でる」境地に至ります。これまでの学問体系に 対する異議申し立てをし、新たな “理” を打ち出した後には、 その新理に基づく社会を構築しなければなりません。第三部 では、研究と社会を架橋する多彩なワークショップの実践事 例などを紹介します。「大学が社会を変える」のスローガンの 下、第一部、第二部の議論を整理し、広い視野から「障害」 の意味を再検討するのが第三部の目標です。“理” を楽器に例 えるなら、楽器を創る人(制作者)、操る人(各楽器のプレー ヤー)、奏でる人(オーケストラ)がいます。オーケストラの 名演奏は楽器制作者の技術、複数のプレーヤーの実力に支え られているのは疑いないでしょう。三者の協働により「理のバ リアフリー」が達成されることを最後に確認します。
パネリスト:磯部 洋明(京都大学 大学院総合生存学館 准教授) 岩隈 美穂(京都大学 大学院医学研究科 准教授)
塩瀬 隆之(京都大学 総合博物館 准教授)

の2つのセッションがあり、第二部は
 障碍を持つ若手研究者4名が現状について発表
し、その内容に対し
 当事者研究
で名を馳せる東大の熊谷晋一郎准教授(CPで東大医学部を卒業、12年間小児科医として勤務、現在は東大先端研)がコメントを述べた。
第三部は、自らも車いすユーザの京大医学部の岩隈美穂准教授が障碍に関するお題を
 ほぼ無茶振りの形
で出して、磯部洋明と塩瀬隆之准教授が
 大喜利さながらに答える
という、スリリングな展開だった。
若手研究者4名は
 聴覚障碍2名 視覚障碍1名 車いすユーザ1名
といった布陣。実は
 聴覚障害者は「見えない障碍者」
になりがちで、自ら申し出ない限り
 聞こえていない
ことを理解して貰えない。自分の発表に手話通訳者を付けるのはもちろん、他人の話を聞くのにも手話通訳者は必要だが、
 手話通訳者の雇用の問題
がある。
 学問的内容を通訳できる手話通訳者
というのは限られており、
 東京
ならともかく、地方では、なかなか人材が見つからない。こうした状況で
 聴覚障碍のある研究者はどう今後の生活を見通していくか
ということなのだけれども、結構大変なことになるのは予想できる。まず
 聴覚障碍者を雇用する機関があるか
という問題が1つ。阪大には聴覚障碍のある教員がいるので、それが全学のモデルになるようなのだが、
 初めて聴覚障害者に接する機関
だと、行きとどいた対応が出来るかどうかは難しい。

以前、札幌でDPI(障害者インターナショナル)の世界大会が開かれた時も問題になったのだが
 聴覚障碍者が共に議論に参加する場を設ける
ことは、時に看過される。今回のシンポでは
 ・発言内容を字幕にする
 ・手話通訳
の両方の手段で、聴覚障碍のある参加者も、発表内容を知ることが出来た。これはかなり丁寧な対応で、
 研究者が参加する一般の学会や職場の会議
では、到底望めない。そうすると、聴覚障碍のある研究者は、仕事でも研究活動でも支障が出てしまう、ということになる。

もう一つ、こうした障碍関連シンポで置き去りにされるのが
 弱視者
だ。

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2017-08-20

ドイツのパンは美味しい(その1)

8月4日から、国際学会で北ドイツのキールに滞在した。その時の話を少しずつ。
キールはシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州(Land Schleswig-Holstein)の州都、バルト海に面する海の都市であり、古くから海運で栄えた町だ。人口は24万人(2015年統計)ほどで、似たような日本の街、北海道の小樽の2倍であり、経済上の地歩を失った小樽とは異なり、今も豊かな街である。

ドイツに旅行したヒトはみんながみんな口を揃えて
 ドイツのパンは旨い!
という。日本でドイツのパンというと
 黒パン
だったり、
 固いパン
だったり。ともかくも
 重い、黒い、酸っぱい、固い
というイメージが強い。かてて加えて
 黒パン
というと
 ハイジの黒パンのイメージ
がこびりついていて
 旨いもんじゃない
と思われている。
そんなドイツのパンが
 旨い
というのだ。

今回宿泊したのは、ドイツ鉄道キール駅前の
 InterCity Hotel Kiel
で、学会の宿泊ということを考慮して、朝食込みで申し込んだ。別に朝食を付けて貰うと14€(現在の円相場では1800円前後)だ。日本ではビジネスホテル相当のホテルである。
毎朝、Buffet形式で温かい朝食が提供される。

H1
H2
パンのコーナーは様々な種類のパンが盛られていて、薄切りになったものも供され、パンを切るボードとナイフも用意されている。
このパンが
 美味しい
のだ。
自慢のBrötchenやBrötは勿論、隣国フランスのクロワッサンにも、手を抜かない。日本のビジネスホテルで、
 クロワッサンがパリパリで中はふかふかで温かい
なんてところがあるだろうか? 中級ホテルでも、クロワッサンは冷たい場合がほとんどだろう。惜しみなくバターを使い(製パン用マーガリンとかいう紛い物でなく)、大きめに成形されて焼き上げられたクロワッサンは、それだけで美味しい。
日本のビジネスホテルだと、まずパンが出てくるとすれば食パンがあるかないか、なんて感じだけど、1コーナーまるまるパンに当ててるだけあって、ほんのり温かいパンはどれを取っても美味しい。
見ていると、宿泊者の白人のおばさまが、横に切り目の入った丸いSchnittbroetchenをあれこれ選んでいる。どうも、
 発酵と焼け具合
が気に入らないらしく、籠のパンをひっくり返して、やっと1個を選び取った。わたしもおばさまの顰みに倣い、おいしく焼け上がっているパンを選んでみた。
北ドイツのこの地では、白い小麦パン、黒いライ麦パン、それらがいろんな比率で混合しているパン、パン生地にナッツやドライフルーツなどを混ぜたり、びっしり付けたものなど、多様なパンが朝のパンコーナに並ぶ。わたしも滞在中、罌粟の実が塗されたMohnbroetchenや、松の実を焼き込んだもの、向日葵の種を振りかけたもの等や、スライスされた各種黒パンやクロワッサンを食べたけれども、いずれもほんのり温かったり、水分は多めで、日本の
 固い酸っぱい黒いパン
は1つとしてなかった。見たところ、ホテルにありがちな
 トースター
がないので、不思議に思っていたのだが、あらかじめ温かいパンが供されるので、トースターは必要ないのだ。
Buffetには、特産のチーズがやはり何種類か皿に盛られている。牛乳から作られたチーズで、白カビチーズや、胡椒やハーブを塗したり、フルーツやナッツを混ぜ込んだ甘いものなどだ。毎朝、黒パンの薄切りやSchnittbroetchenにチーズを塗って食べていた。
この辺り、酪農が盛んだ。

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2017-07-25

嗚呼、オープンキャンパス「テロ」

6月頃から、各大学では
 オープンキャンパス
が始まる。受験生が夏休みに入った今はそれこそ
 酣
である。

ところで、オープンキャンパスというと
 担当の教職員はいろいろ大変
な上に
 必ずしも、進んで参加している場合ばかりではない
と思われるのだけど、
 こんなテロ
が行われるという話。嗚呼。@anima_solarisさんのtweetより。

いろいろ不幸ですね。

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2017-04-23

ヒトラー『わが闘争』を教材に使っても良いという政府答弁書の件

よく分からないので、事実経過のみ、メモしておく。
発端
4/6、民進党の宮崎岳志衆院議員が、
 アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問主意書
を提出。
4/10 内閣へ転送
4.14 答弁書受領。
宮崎議員の答弁書の内容。


アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問主意書
 政府は衆議院議員初鹿明博君提出「教育勅語の根本理念に関する質問主意書」に対する答弁書(第百九十三国会・答弁第一四四号)において、教育勅語の学校教材としての利用について、「学校において、教育に関する勅語を我が国の教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切であると考えているが、憲法や教育基本法等に反しないような形で教育に関する勅語を教材として用いることまでは否定されることではないと考えている。」と答弁している。
 以上を踏まえ、質問する。
 アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」について、これを批判的な視点や歴史的事実として紹介する場合以外でも、この書物の一部を抜粋して道徳や国語の教材として用いることは、否定されないのか。
 右質問する。

普通は
 ナチスドイツの政策を批判するための史料として用いられる『わが闘争』の一部引用

 批判材料や史料としてでなく、道徳や国語の教科書の教材に用いることが可能か
という質問内容だ。

政府の答弁書。


アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
衆議院議員宮崎岳志君提出アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問に対する答弁書

学校での国語科や道徳の時間を含む全ての教科等の指導における教科用図書以外の教材の使用については、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第三十四条第二項等の規定に基づき、教科用図書以外の教材で有益適切なものは使用することができることとされており、文部科学省が各都道府県教育委員会等宛てに発出した「学校における補助教材の適正な取扱いについて」(平成二十七年三月四日付け二十六文科初第千二百五十七号文部科学省初等中等教育局長通知)において示した教育基本法(平成十八年法律第百二十号)等の趣旨に従っていること等の留意事項を踏まえた有益適切なものである限り、校長や学校の設置者の責任と判断で使用できるものである。その上で、御指摘の「アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」」については、同書の一部を引用した教材を使用して同書が執筆された当時の歴史的な背景について考察させるという授業が行われている例があると承知している。他方、仮に人種に基づく差別を助長させるといった形で同書を使用するのであれば、同法等の趣旨に合致せず不適切であることは明らかであり、万一このような指導がされた場合には、所轄庁や設置者において厳正に対処すべきものである。

この答弁書に関する、4/14付時事の記事。


「わが闘争」の教材使用可能=政府答弁書
 政府は14日の持ち回り閣議で、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの自伝的著書「わが闘争」の教材使用について、「教育基本法等の趣旨に従っていること等の留意事項を踏まえた有益適切なものである限り、校長や学校設置者の責任と判断で使用できる」とする答弁書を決定した。民進党の宮崎岳志氏の質問主意書に答えた。
 答弁書では、「同書の一部を引用した教材を使用して、執筆当時の歴史的な背景を考察させる授業が行われている例がある」と紹介。その上で、「仮に人種に基づく差別を助長させる形で使用するならば、同法等の趣旨に合致せず、不適切であることは明らかだ」と指摘し、そうした指導があった場合は「所轄庁や設置者において厳正に対処すべきものだ」としている。(2017/04/14-20:03)

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2017-04-12

安くて書きやすい万年筆

最近、万年筆の選択肢が狹まっていて、なかなか思うような書き味のものに出逢わない。筆圧が高いため、手書きなら、鉛筆か万年筆、毛筆がベターだ。利便性や手入れを考慮するなら、安い万年筆を何本も使うのが、一番気楽だ。
学生の頃は、ノートを取る筆記具には、生協で売っていた、シェーファーの手頃なシリーズ、Non nonsenseを愛用していた。軸が太く、手早くノートを取るのに適していた。ノートは、A4白紙を見開きで使用、インクは黒、あとは、赤・青・緑の水性ボールペンを駆使して色分けして、講義の要点を、一目で分かるよう工夫、横書きなら右、縦書きなら下の方に、後から追記出来るようにしておいた。
いまなら、スマホやタブレットを持ち込んで、その場で、確認したり、さらに詳しく調べたり出来るけれども、そんな学習環境が手に入るとは、全く想定していなかった頃の話だ。
このノートの取り方は、中学時代に始め、少しずつブラッシュアップしたものだ。途中、文化人類学をやりたかった関係で、京大カードでノートを取った時もあった。結論から言えば、カードでノートを取った方がいい学科と、見開き色分けノートで取った方がいい学科があった。印度学は前者で、中国学は後者だった。
パソコンで文章を書き始めたのは、1987年12月から。最初の頃は、CPUが貧弱で、日本語変換にやたら時間が掛かったけれど、徐々に速く賢くなって、今はさほどストレスなく、頭に浮かんだ文章を変換出来る。
さて、それなら、いまさら手書きは必要ないじゃん、と思われるかもだけど、面的に広がりを持つアイデアを書くには、やはり手書きが一番速い。そうなると、筆記具は、筆圧に耐え、文字を滑らかに書けないと困る。
先日、関東の倉庫でひどい火災が起きたロハコのオンラインカタログをみていたら、万年筆が安売りされていた。スポルディングと書いてあるけど、よくわからない。インクは、ペリカン互換だが、附属の純正インクは、長さがペリカンのカートリッジの半分だ。ま、手に入りにくそうなので、大人しく、ペリカンのものを買うのが吉。
書き味は、この値段なら、お釣りが来る。気に入ったので、すぐにロハコに追加注文した。
安価な万年筆では、以前はプラチナのものがあったが、軸がヤワで、ヒビが入ると使い物にならなくなる弱点があった。このスポルディングの万年筆は、その点、軸はヘビーデューティで、多少圧力がかかっても、まず割れそうもない。造りが雑なのは、値段相応。
いい万年筆を使い込んでいる人には無用だが、久しぶりに万年筆を使いたい人には、オススメ。

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2017-03-18

和服は成長期にも、本来は「経済的」に着られる 最近の市販の七五三の着物に「揚げ」がついてないらしい 普段は日本の伝統とか言いまくる日テレ配信ニュースが「子どもの着物」に無知すぎる件

このニュースを見て
 変だ
と思った人は
 子どもの頃、揚げのついた着物を着ていた
筈だ。
NNNニュースより。


ナゼ?小学校卒業式で袴姿 禁止する学校も
日本テレビ系(NNN) 3/17(金) 21:38配信
 大学ではなく、小学校の卒業式に“はかま姿”で出席する子供が増えていると話題になっている。なぜ、小学校の卒業式ではかまが人気となっているのか取材した。
(略)
■理由は…親心と映画が影響
 いまでは定番となった大学の卒業式でのはかま姿。自分が体験したはかま姿を子供にもさせてあげたいと思う親も多いという。
 さらに“ちはやふる”みたいな着物はないですかという問い合わせが結構あったという。16年の春に上映された競技用カルタを題材にした映画「ちはやふる」。広瀬すずさんのはかま姿に憧れてはかまを選ぶ小学生も多いという。
 料金は着物のレンタルと着付けがセットになったもので3万円~6万円だということだ。晴れ舞台を前にはかま姿で写真撮影する子供も増えている。神奈川・横浜市にある撮影スタジオでは着物の貸し出しも行っていて小学校の卒業式シーズンは成人式よりも忙しいという。
(略)
■過剰になりすぎ?禁止する学校も
 一方では「ちょっとお金がかかりそうだと思った」「はかまを着るのはすごく良いと思うけど、過剰になりすぎて違う方向に行くのは残念かなと」いう声も聞かれた。
 実際に神奈川県や愛知県などの一部の公立学校では、経済的な理由で衣装にお金がかけられない子供もいることなどから“華美な衣装は控えるよう”にと呼びかけたり、“はかまを禁止にする”学校も出てきている。着付けを行っていた店でも派手になりすぎないように気をつけているということだ。
■工夫すれば費用を抑えられる
 こうしたブームでレンタル費用が大きな負担になることが心配されるが、工夫して費用を抑える人もいた。去年、小学校を卒業した藤田さんのはかまは、七五三の時の着物を再利用したという。
 手直ししたのは母親で子どもの身長は伸びているが、着物の裾の丈ははかまをはくため、手直しする必要はなかったという。肩の部分は、糸をほどいて生地を伸ばし、その糸をほどいて袖の長さを調整したということだ。

あのね
 工夫して費用を抑える
んじゃなくて
 本来、着物は、子どもの成長に合わせて、身丈や袖丈を変えられる仕組みとして「揚げ」がついてる
んですよ。
だから、記事の最後の
 肩の部分は、糸をほどいて生地を伸ばし、その糸をほどいて袖の長さを調整
というのは、取材した記者にも記事をチェックしたはずのデスクにも
 和服に関する基本的な知識も、家族に着物の手当をしてもらった経験もない
ってことだな。
言っておくが、こんな記事を配信しておいて、
 日本の伝統は素晴らしい
とか言うなよな、日テレ。日テレが大好きな
 「日本の伝統的な民族衣装」に関する無知
も甚だしい。

これは京都五花街の一つ、上七軒の梅乃さんの
 舞妓さんのお店出し
の時の一齣。



舞妓ちゃんの肩のところと振袖の中間に
 揚げがしてある
のが分かるだろうか。現在は舞妓になるには中学を卒業しなくてはならないが、戦前は小学校卒業位の12歳ほどでなっていた。当然
 舞妓ちゃんは子ども
なわけで、着物には揚げが必須だった。今でも、
 制度
として、舞妓ちゃんの着物は揚げをする。
家庭では、
 着物を着る機会
に、まずは着せてみて、丈がどのくら短くなっているかを確認して、
 揚げをほどいて、身丈や袖丈を調節
する。その際、
 年々、揚げが短くなる
のを見て
 子どもの成長を喜んだ
のであった。針仕事をする祖母に、
 わあ、こんなに揚げが短くなった! 大きくなったね!
と言われると、うれしかった。もっとも
 子どもの間は「揚げ」をする習慣
だから、
 どんなに短くても「揚げ」を残しておく
のが決まりであった。これが結構大変なのである。

ググってみたところ
 市販の七五三の着物は「揚げ」がないものがある
らしい。というか
 揚げという素晴らしい知恵が忘れられている
ようだ。
 七五三の着物の利点
は、
 成人式までは、揚げに手を入れて、最後は揚げを取ってしまって着る
というところにあったのだけど、忘れられているのかなあ。
 子どもの「制服」
とその辺りの扱いは似ているが、
 1着の着物を、長さを調節することで、大人になるまで着回せる点が極めて経済的
なのだ。そりゃ
 反物の長さは決まっている
から、
 大人と同じ長さの反物で子どもの着物を作る
のであれば
 何らかの工夫が必要
でしょう。その工夫の一つが「揚げ」である。

ま、忙しくて針を持つ時間が持てないおうちもあるだろうから、そういうときは、仕立屋さんに丸投げして下さい。
 一々、洋服のように「サイズ」を換えなくてイイ
ところが、和服の利点で、反物を選んで仕立てて貰うと、最初の投資はちょっと高いけど、長く着られるのだから、結局は経済的だ。
子どもの着物では、揚げをする他に、最初は
 長着+羽織のアンサンブル
に仕立てて
 あとから、一枚の長着に仕立て直す
というやり方もある。毎年、季節が終わると、糸をほどいて反物の形に戻し
 洗い張り
という洗濯方法が出来る着物ならではだ。

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