2017-04-23

ヒトラー『わが闘争』を教材に使っても良いという政府答弁書の件

よく分からないので、事実経過のみ、メモしておく。
発端
4/6、民進党の宮崎岳志衆院議員が、
 アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問主意書
を提出。
4/10 内閣へ転送
4.14 答弁書受領。
宮崎議員の答弁書の内容。


アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問主意書
 政府は衆議院議員初鹿明博君提出「教育勅語の根本理念に関する質問主意書」に対する答弁書(第百九十三国会・答弁第一四四号)において、教育勅語の学校教材としての利用について、「学校において、教育に関する勅語を我が国の教育の唯一の根本とするような指導を行うことは不適切であると考えているが、憲法や教育基本法等に反しないような形で教育に関する勅語を教材として用いることまでは否定されることではないと考えている。」と答弁している。
 以上を踏まえ、質問する。
 アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」について、これを批判的な視点や歴史的事実として紹介する場合以外でも、この書物の一部を抜粋して道徳や国語の教材として用いることは、否定されないのか。
 右質問する。

普通は
 ナチスドイツの政策を批判するための史料として用いられる『わが闘争』の一部引用

 批判材料や史料としてでなく、道徳や国語の教科書の教材に用いることが可能か
という質問内容だ。

政府の答弁書。


アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。
衆議院議員宮崎岳志君提出アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」の一部を、学校教育における教材として用いることが否定されるかどうかに関する質問に対する答弁書

学校での国語科や道徳の時間を含む全ての教科等の指導における教科用図書以外の教材の使用については、学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第三十四条第二項等の規定に基づき、教科用図書以外の教材で有益適切なものは使用することができることとされており、文部科学省が各都道府県教育委員会等宛てに発出した「学校における補助教材の適正な取扱いについて」(平成二十七年三月四日付け二十六文科初第千二百五十七号文部科学省初等中等教育局長通知)において示した教育基本法(平成十八年法律第百二十号)等の趣旨に従っていること等の留意事項を踏まえた有益適切なものである限り、校長や学校の設置者の責任と判断で使用できるものである。その上で、御指摘の「アドルフ・ヒトラーの著作「我が闘争」」については、同書の一部を引用した教材を使用して同書が執筆された当時の歴史的な背景について考察させるという授業が行われている例があると承知している。他方、仮に人種に基づく差別を助長させるといった形で同書を使用するのであれば、同法等の趣旨に合致せず不適切であることは明らかであり、万一このような指導がされた場合には、所轄庁や設置者において厳正に対処すべきものである。

この答弁書に関する、4/14付時事の記事。


「わが闘争」の教材使用可能=政府答弁書
 政府は14日の持ち回り閣議で、ナチス・ドイツの独裁者ヒトラーの自伝的著書「わが闘争」の教材使用について、「教育基本法等の趣旨に従っていること等の留意事項を踏まえた有益適切なものである限り、校長や学校設置者の責任と判断で使用できる」とする答弁書を決定した。民進党の宮崎岳志氏の質問主意書に答えた。
 答弁書では、「同書の一部を引用した教材を使用して、執筆当時の歴史的な背景を考察させる授業が行われている例がある」と紹介。その上で、「仮に人種に基づく差別を助長させる形で使用するならば、同法等の趣旨に合致せず、不適切であることは明らかだ」と指摘し、そうした指導があった場合は「所轄庁や設置者において厳正に対処すべきものだ」としている。(2017/04/14-20:03)

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2017-04-12

安くて書きやすい万年筆

最近、万年筆の選択肢が狹まっていて、なかなか思うような書き味のものに出逢わない。筆圧が高いため、手書きなら、鉛筆か万年筆、毛筆がベターだ。利便性や手入れを考慮するなら、安い万年筆を何本も使うのが、一番気楽だ。
学生の頃は、ノートを取る筆記具には、生協で売っていた、シェーファーの手頃なシリーズ、Non nonsenseを愛用していた。軸が太く、手早くノートを取るのに適していた。ノートは、A4白紙を見開きで使用、インクは黒、あとは、赤・青・緑の水性ボールペンを駆使して色分けして、講義の要点を、一目で分かるよう工夫、横書きなら右、縦書きなら下の方に、後から追記出来るようにしておいた。
いまなら、スマホやタブレットを持ち込んで、その場で、確認したり、さらに詳しく調べたり出来るけれども、そんな学習環境が手に入るとは、全く想定していなかった頃の話だ。
このノートの取り方は、中学時代に始め、少しずつブラッシュアップしたものだ。途中、文化人類学をやりたかった関係で、京大カードでノートを取った時もあった。結論から言えば、カードでノートを取った方がいい学科と、見開き色分けノートで取った方がいい学科があった。印度学は前者で、中国学は後者だった。
パソコンで文章を書き始めたのは、1987年12月から。最初の頃は、CPUが貧弱で、日本語変換にやたら時間が掛かったけれど、徐々に速く賢くなって、今はさほどストレスなく、頭に浮かんだ文章を変換出来る。
さて、それなら、いまさら手書きは必要ないじゃん、と思われるかもだけど、面的に広がりを持つアイデアを書くには、やはり手書きが一番速い。そうなると、筆記具は、筆圧に耐え、文字を滑らかに書けないと困る。
先日、関東の倉庫でひどい火災が起きたロハコのオンラインカタログをみていたら、万年筆が安売りされていた。スポルディングと書いてあるけど、よくわからない。インクは、ペリカン互換だが、附属の純正インクは、長さがペリカンのカートリッジの半分だ。ま、手に入りにくそうなので、大人しく、ペリカンのものを買うのが吉。
書き味は、この値段なら、お釣りが来る。気に入ったので、すぐにロハコに追加注文した。
安価な万年筆では、以前はプラチナのものがあったが、軸がヤワで、ヒビが入ると使い物にならなくなる弱点があった。このスポルディングの万年筆は、その点、軸はヘビーデューティで、多少圧力がかかっても、まず割れそうもない。造りが雑なのは、値段相応。
いい万年筆を使い込んでいる人には無用だが、久しぶりに万年筆を使いたい人には、オススメ。

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2017-03-18

和服は成長期にも、本来は「経済的」に着られる 最近の市販の七五三の着物に「揚げ」がついてないらしい 普段は日本の伝統とか言いまくる日テレ配信ニュースが「子どもの着物」に無知すぎる件

このニュースを見て
 変だ
と思った人は
 子どもの頃、揚げのついた着物を着ていた
筈だ。
NNNニュースより。


ナゼ?小学校卒業式で袴姿 禁止する学校も
日本テレビ系(NNN) 3/17(金) 21:38配信
 大学ではなく、小学校の卒業式に“はかま姿”で出席する子供が増えていると話題になっている。なぜ、小学校の卒業式ではかまが人気となっているのか取材した。
(略)
■理由は…親心と映画が影響
 いまでは定番となった大学の卒業式でのはかま姿。自分が体験したはかま姿を子供にもさせてあげたいと思う親も多いという。
 さらに“ちはやふる”みたいな着物はないですかという問い合わせが結構あったという。16年の春に上映された競技用カルタを題材にした映画「ちはやふる」。広瀬すずさんのはかま姿に憧れてはかまを選ぶ小学生も多いという。
 料金は着物のレンタルと着付けがセットになったもので3万円~6万円だということだ。晴れ舞台を前にはかま姿で写真撮影する子供も増えている。神奈川・横浜市にある撮影スタジオでは着物の貸し出しも行っていて小学校の卒業式シーズンは成人式よりも忙しいという。
(略)
■過剰になりすぎ?禁止する学校も
 一方では「ちょっとお金がかかりそうだと思った」「はかまを着るのはすごく良いと思うけど、過剰になりすぎて違う方向に行くのは残念かなと」いう声も聞かれた。
 実際に神奈川県や愛知県などの一部の公立学校では、経済的な理由で衣装にお金がかけられない子供もいることなどから“華美な衣装は控えるよう”にと呼びかけたり、“はかまを禁止にする”学校も出てきている。着付けを行っていた店でも派手になりすぎないように気をつけているということだ。
■工夫すれば費用を抑えられる
 こうしたブームでレンタル費用が大きな負担になることが心配されるが、工夫して費用を抑える人もいた。去年、小学校を卒業した藤田さんのはかまは、七五三の時の着物を再利用したという。
 手直ししたのは母親で子どもの身長は伸びているが、着物の裾の丈ははかまをはくため、手直しする必要はなかったという。肩の部分は、糸をほどいて生地を伸ばし、その糸をほどいて袖の長さを調整したということだ。

あのね
 工夫して費用を抑える
んじゃなくて
 本来、着物は、子どもの成長に合わせて、身丈や袖丈を変えられる仕組みとして「揚げ」がついてる
んですよ。
だから、記事の最後の
 肩の部分は、糸をほどいて生地を伸ばし、その糸をほどいて袖の長さを調整
というのは、取材した記者にも記事をチェックしたはずのデスクにも
 和服に関する基本的な知識も、家族に着物の手当をしてもらった経験もない
ってことだな。
言っておくが、こんな記事を配信しておいて、
 日本の伝統は素晴らしい
とか言うなよな、日テレ。日テレが大好きな
 「日本の伝統的な民族衣装」に関する無知
も甚だしい。

これは京都五花街の一つ、上七軒の梅乃さんの
 舞妓さんのお店出し
の時の一齣。



舞妓ちゃんの肩のところと振袖の中間に
 揚げがしてある
のが分かるだろうか。現在は舞妓になるには中学を卒業しなくてはならないが、戦前は小学校卒業位の12歳ほどでなっていた。当然
 舞妓ちゃんは子ども
なわけで、着物には揚げが必須だった。今でも、
 制度
として、舞妓ちゃんの着物は揚げをする。
家庭では、
 着物を着る機会
に、まずは着せてみて、丈がどのくら短くなっているかを確認して、
 揚げをほどいて、身丈や袖丈を調節
する。その際、
 年々、揚げが短くなる
のを見て
 子どもの成長を喜んだ
のであった。針仕事をする祖母に、
 わあ、こんなに揚げが短くなった! 大きくなったね!
と言われると、うれしかった。もっとも
 子どもの間は「揚げ」をする習慣
だから、
 どんなに短くても「揚げ」を残しておく
のが決まりであった。これが結構大変なのである。

ググってみたところ
 市販の七五三の着物は「揚げ」がないものがある
らしい。というか
 揚げという素晴らしい知恵が忘れられている
ようだ。
 七五三の着物の利点
は、
 成人式までは、揚げに手を入れて、最後は揚げを取ってしまって着る
というところにあったのだけど、忘れられているのかなあ。
 子どもの「制服」
とその辺りの扱いは似ているが、
 1着の着物を、長さを調節することで、大人になるまで着回せる点が極めて経済的
なのだ。そりゃ
 反物の長さは決まっている
から、
 大人と同じ長さの反物で子どもの着物を作る
のであれば
 何らかの工夫が必要
でしょう。その工夫の一つが「揚げ」である。

ま、忙しくて針を持つ時間が持てないおうちもあるだろうから、そういうときは、仕立屋さんに丸投げして下さい。
 一々、洋服のように「サイズ」を換えなくてイイ
ところが、和服の利点で、反物を選んで仕立てて貰うと、最初の投資はちょっと高いけど、長く着られるのだから、結局は経済的だ。
子どもの着物では、揚げをする他に、最初は
 長着+羽織のアンサンブル
に仕立てて
 あとから、一枚の長着に仕立て直す
というやり方もある。毎年、季節が終わると、糸をほどいて反物の形に戻し
 洗い張り
という洗濯方法が出来る着物ならではだ。

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2017-03-12

最近話題の「加計学園」と安倍ちゃん

最近、SNS上では、
 加計学園
というキーワードがバズっている。

というわけで拾いモノ。
@AmboTakashiさんのtweetより。



さてね。

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2017-02-11

京大の言い伝え「褒められたら気をつけろ」

東大・京大と一口に言うけれども
 東大の人は、他人を無闇に褒める傾向
がある。本当にそう思っているかどうかは別として、ともかく褒めるのが礼儀のように思っているようだ。

ところで、京大なのだが
 千年の都 京都の地
にあるせいか、
 褒められたら気をつけろ
という
 言い伝え
がある。
定型表現はこんな感じ。
 「こないだの論文、よかったなあ」
 「ありがとうございます。」
 「そやけど、□□はも少しやな。」
この
 「も少し」の内容
が、臓腑を抉るような突っ込みだったりするのが伝統だ。

これはどうやら
 京都では「急に褒められたらそれは苦情を言ってるのだ」という慣習
と、関係しているらしい。藤月さんのサイト「京言葉」の
 1-9-2 その他、京都によく見られる言葉の丁寧化傾向
より。


4) 「不満や苦情を伝えたい時には褒める」
 これはどういうことかといいますと、相手に対してこちらが不満に感じている点を「褒める」ことで俎上に載せて、相手に「自分はこの点についてあなたに察してもらいたいことがある」ということを伝えるという方法です。たとえば立ち話の途中で急に相手が「おたくのお子さん、いつも元気どすなあ」と言ってきたら、それは暗に「お子さんの騒音で迷惑している」という苦情を伝えてきている、というような具合です。
 大変回りくどいのですが、角が立たぬようクレームを伝える手段としてよく使われます。相手を面と向かって罵ったり、不快感を直接的な言葉で表したりするようなやり方は京では好まれません。角が立つと回り回って自分が後からあれこれ言われることになりかねないためです。

 顔見知り程度の相手から急に何か褒められたら要注意です。その「何か」について苦情を伝えられている可能性を疑ってみましょう。

所謂
 京都人に褒められたら気をつけろ
という、
 京都に住む時の「生活の知恵」
なのだが、
 生粋の京都人と、「よそさん」から来た研究者が同居する京大
では、
 この「生活の知恵」が研究にも波及
してるみたいですなあ。

今度、文化庁が京都に引っ越してくるとかいうけど、
 東京住まいの文科省のお役人さんたち
が、この
 京都的コミュニケーション
に、
 いいようにやられる
悪寒。

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2017-01-21

「ゾク仕様五十音早見表」 ゾクってことは随分前のだな

高校で漢字のテストをやると、憤死すると思われていた
 所謂「ツッパリ(≒ヤンキー)」高校生諸君
は、
 妙に難しい漢字を使う
ので、
 何故だろう
と思っていたのだが、こんな
 ゾク仕様五十音早見表
があったのね。
田中英樹さんのtweetより。


 ゾク=暴走族
だけど、暴走族も絶滅危惧種になっている現在、
 ゾクですぐ分かる時代の遺品
らしい。いったい、いつの時代やねん。

もちろん
 ひとつの仮名にひとつの漢字
なので、
 他の字を使ってた
て場合もあるだろう。ま、そこはそれ。

先ほど、就任式を終えた、アメリカの新大統領は、この五十音早見表を使うと
 怒那流怒・斗羅云腐
になる模様。前大統領は
 婆羅苦・悪婆魔
だ。う〜ん、前大統領のほうが
 「ゾク漢字」的には強そう
だ。

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2017-01-14

全国一斉マークシート形式の大学入試試験は初回の第1回共通一次試験(1979.1.13-14)から寒かった→追記あり

今日明日は、センター試験だ。寒い1日になるというので、昨日からマスコミは大きく報道し、受験生は雪対策に余念がなかったことだろう。
受験生諸君の文運を祈る。
また、諸会場で試験を運営している先生方、職員の皆さまも恙なく業務を終えられますように。

しかし、
 共通一次試験・センター試験に雪が降る
のは珍しいことではない。

マークシート形式で全国一斉に行われる国立大学の一次試験の初回、
 第1回共通一次試験
は、1979年1月13〜14日に行われた。
この両日の天気を見よう。
表は、会場となった内、国立7大学(北海道・東北・東京・名古屋・京都・大阪・九州)の所在地の当日の天気と気温、対照データとして、1月の平年気温と1979年1月の気温を示したものだ。
雪が降った場合は、青で示した。
平年気温(1981-2010年の30年間の観測値の平均)を基準として、寒い場合は青で、温かい場合は赤で示した。
見ると分かるように、1979年は、札幌以外は、
 温かい1月
だったのだが、
 共通一次試験当日は全国いずれも1日の平均気温が平年未満

 寒かった
のである。しかも
 雪国の札幌、仙台以外でも、1日目は東京、2日目は名古屋・福岡で雪
が降っている。
Photo
初手からこんなものなのだ。

まあ、
 日程の設定が間違っている
というのが、本当のところだろう。
 一番雪が降りそうな時期に全国一斉に試験をしている
ってことですね。

ちなみに第1回共通一次試験の受験生は現役であれば
 1960年度生まれ
なので、現在55〜56歳、普通に大学に就職していれば、概ね
 教授クラス
だろう。
ついでに言っておくと、
 共通一次試験世代はアホ
と、大学入試がすべて筆記試験で行われていた上の世代の先輩にバカにされていたのが、この世代である。

(追記 1/15 10:30)
共通一次世代がなぜバカにされたかと言えば
 筆記で行われる二次試験の科目数や点数が、共通一次試験実施前より減った
からだ。東大は、共通一次試験の点数の比率は確か
 1:9
くらいで、
 足切のオマケ
くらいにしか使ってなかったけれども、社会や理科を二次試験で課さない代わりに、共通一次試験の点数を利用した大学も多かった。例えば京大がそうで
 山川の資料集に小さい文字で書かれている内容が出る
などという噂があった
 難問で知られた京大の日本史・世界史がなくなった
というだけでも、受験生にはかなりの
 恩恵
があった。もっとも、京大の場合は、国語で
 二次試験では漢文は課さない
と書いてあっても、
 明治の漢文脈の文章は出る
ので、
 漢文を棄てると、二次試験で実質1問まるまる落とす
仕組みになっていた。

ちなみに、第1回共通一次試験の問題は、公立の進学校レベルで
 普通に勉強していれば、800点は取れる代物(当時は5教科7科目で1000点満点)
だった。大体、進学校レベルの受験生では
 数学は満点(200点)が当たり前
だった。800点を取るには
 残る英語(200点)・国語(200点)・理科(2科目・各100点)・社会(2科目・各100点)から600点を取ればイイ
のだから、余程壊滅的な苦手科目がない限り、そう難しい話ではなかった。
 難問奇問を出さない
というのが、共通一次試験の1つの眼目だっただけに、実に標準的な問題が多かった。だからこそ、
 共通一次試験世代はアホ
と、いわゆる難関大学・学部の先輩諸賢にバカにされたのであった。大学入試では
 1点が合否を分ける
のだけれども、難関大学・学部の場合、
 共通一次の点数では、ほとんど差が付かない
訳だ。そもそも、共通一次試験で足切を喰らう受験生は、二次試験を受けたとしても、まず合格しない。
しかも、共通一次試験の御蔭で、易しい問題で点数を稼いで、
 理科や社会では二次の筆記試験がなかったり、英語・数学・国語でも共通一次試験の点数分「下駄を履かされている」
わけだから
 大学独自の一発試験じゃないしね
という偏見は根強かったわけである。

更に言えば
 マークシート形式
というのが、
 アホ生産の元凶
と見られていた。共通一次試験の比率の高い難関大学へ行くには、
 少なくとも860点以上は欲しい
わけで、
 真の実力を問う
と考えられていた二次試験だけでなく、
 標準的な問題が満遍なく出る5教科7科目の共通一次試験の準備
もしなくてはならない。これには、結構な時間が取られるのである。しかも、形式は
 マークシート形式
だ。
 自分で考えるのではなく、与えられた「答」から選ぶ
のは、
 考える力を奪う
と、これはかなり
 細長い目で生暖かく見られていた
のであった。
(追記終わり)

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2016-12-24

キムワイプと『理科年表』(丸善)が異例のコラボ

一体何をやるつもりなんだ!?


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2016-11-28

TBSドラマ「JIN=仁」にも登場した 「日本近代化の原点」長崎市の「精得館」遺構を発掘抜きで破壊して建てられる小学校で教師は子ども達に過去と未来を教えられるのか 「精得館」遺構破壊の危機 せめて着工前に「緊急発掘」を!

TBSで人気を博したドラマ
 JIN=仁
の故地として紹介されている一つが
 長崎の精得館
である。


『精得館』(現・長崎県長崎市西小島1丁目7-1付近)
1857年(安政4年)、幕府から医学教授を依頼されたオランダ人医師・ポンペが設立した『医学伝習所』(松本良順らもここで学んだ)と、その後1861年(文久元年)に併設された養生所(病院)が統合され、1865年(慶応元年)に改称されたのが『精得館』である。それまでにも多くのオランダ人医師が来日し、個人的に医術を広めるというケースはあったが、幕府の組織として本格的に学校と病院が建立されたのはこれが初めてのこと。ポンペの帰国後は、同じくオランダ軍医のアントニウス・ボードウィンが医学所で教鞭を執っていた。
明治期になってからは『長崎府医学校病院』と改称され、現在の『長崎大学医学部』の前身となったとされる。

この解説で抜けているのは
 1. 精得館は、近世日本で初めてベッドサイド教育(入院患者による臨床教育)を行う、付属病院を併設した医学校として発足
 2. 精得館には、医学校・付属病院の他に、近代科学を教育する「分析窮理所」も併設された
という2点である。まさに
 日本近代化の原点の地
なのだ。
そして
 精得館は後に大阪に移転して、京大のルーツの1つである大阪舎密舍となった
のである。つまりは
 精得館は、医学や化学・物理を含む日本の近代高等教育の原点
であり
 今に続く日本の大学を胚胎した施設
だったのだ。精得館の分析窮理所に招かれたオランダの化学者
 ハラタマ(Koenraad Wolter Gratama 1831-88)
は、
 日本最初の理化学教師
であり、
 系統的に化学と物理を教えた
のだった。

さて、上のリンクを辿ると、現在「精得館」遺構は、長崎市立佐古小学校の中にある
20161128_60930
ことが分かる。

長崎でも
 少子化の進行で小学校の統合
が進んでいる。そのため
 佐古小学校も近隣の小学校と統合され、統合される新小学校校舎は佐古小学校跡地に建設
されることが決まった。問題は
 佐古小学校は、奇跡的に「精得館」遺構を保存して建っている点
である。

普通の自治体であれば
 佐古小学校の下に埋まっている「精得館」遺構の調査をしてから、新たに小学校を建設するか、あるいは他の土地に小学校を建設し、「精得館」跡を「近代化遺産」として整備
しようと考えるだろう。大抵の自治体では
 文化財は教育委員会が扱う
からだ。ところが
 長崎では「文化財は観光関連部署が扱う」
とかで
 精得館遺構に興味を持たない上に何の価値も見いださない
らしく、
 建設前の「緊急発掘」は行わない
のだという。いや、凄すぎて俄には信じられない。

わたしがこの事実を
 11月13日に大阪市立大学医学部で開かれた「日本医史学会関西支部」の学術大会
の席上
 長崎大学の相川忠臣先生のご発表
で初めて知った。
実を言うと、恥ずかしいことに
 「精得館」はもう跡形もなくなっているだろう
と勘違いをしていた。
長崎大学図書館の「日本古写真ボードインコレクション」には
 6152 星取山からの長崎港鳥瞰
という1枚のパノラマ写真が収められている。1864年、長崎の医学校に赴任したボードインが撮影させた写真である。この写真の右手に分析窮理所(右)・医学所(中)・養生所(左)が写っている。その部分を拡大する。
20161128_64155
 この全ての遺構
が、現在の佐古小学校の下に埋もれているのだが、相川忠臣先生のお話では
 精得館の外構の石垣も、奇跡的に保存されている
のだそうだ。
相川忠臣先生のスライドより。
Img_3147_2
これを見ると
 新小学校校舎は精得館遺構を破壊しないと建設できない
ことが分かる。そして
 緊急発掘の予定は全くない
というのだ。

この1、2ヶ月で
 精得館の遺構が完全に破壊されるかどうかが決まる
とのことだった。

遺構は、一度破壊されてしまえば、永遠に失われてしまう。

果たしてどうなのだろう。
 日本近代化の原点の地を碌な発掘もせず、永遠に破壊して建設される小学校で学ぶ子ども達
に、新小学校の教師達は
 胸を張って、過去と未来を教えることが出来る
のだろうか。

小学校を建て直すな、とは言わない。せめて
 精得館の遺構を緊急発掘して、日本近代化の原点の地を後世のために記録
して欲しい。そして
 新小学校で学ぶ子ども達

 自分達の学校が、現在の日本に繋がる近代教育胚胎の地に建っているという誇り
を持って欲しい。

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早稲田大学文学部蔵書印付の顧頡剛等編『古史辨』が除籍されてヤフオクに出品されている件

ヤフオクを見て、驚いた。
一昔前なら、
 中国学をやるなら、普通に手許に置いてめくる書籍
として、院生以上なら割と持っていたと思う
 顧頡剛等編『古史辨』

 早稲田大学文学部の印が書底に押してある除籍本
が出ている。
20161128_52207
20161128_52154
背のラベルが読めないのだけど、
 重複本として処分
された雰囲気だ。

家にも1セットあるけど、購入当時は結構高価な書物だった。

近年、『古史辨』のような中国学の古典的書籍、中国国内のほぼ全ての新刊を含む出版物は愚か、
 日本で最近出版された学術図書
に関しても、
 中国で海賊PDFが蔓延している
のは、周知の事実だろう。国内の新刊については、たぶん、日本にいる留学生等が中心になって、せっせと
 自炊した書籍をネットにアップしている
のだろうと思っている。最近は大学図書館では
 ペーパーレスのコピー推奨
というわけで
 紙に印刷せず、USBにそのままスキャンした画像を取り込む
こともできるから、それを適当に加工してアップするわけだ。

そんなことがまかり通っているためか、数年前に京大文学部図書館に行ったら
 最近は中国古典の書籍は、学生さんがあまり利用しないんですよ
と司書の方が仰っていた。まあ
 手許にある端末をネットに繫げば、現物のコピーが入手できる環境
になってしまっているので
 わざわざ図書館に行って、紙の書籍を確認する必要がない
ってことなんだろうね。確かに、書庫の漢籍は手を触れられた頻度が減っているように感じた。開かない書籍は、天に埃が溜まるから、なんとなく煤けて見える。

恐らく、『古史辨』が除籍になった理由の一つは
 利用頻度が低い
ためだろう。

しかし、ヤフオクに出回るとはね。

知り合いの国立大学の先生何人かは
 重複本は廃棄する方針
という図書館のやり方に業を煮やし、
 廃棄前に「重要な典籍を救出」する
ように心がけられているという。

今から10年以上前だけど、古書店経由で、ある国立大学図書館の除籍本を入手したことがある。
 ジョセフ・ニーダム『中国の科学と文明』日本語訳の既刊分
だった。
 大学図書館から、科学史の基本図書であるニーダムの『中国の科学と文明』が除籍された
ことに驚いた。
同時に、日本での科学史の扱いの低さも感じた。

しかし、
 ネットにあるから、読まれるか
といえば、そういう訳でもないだろう。
 積ん読本は背文字が見える
が、
 ダウンロードした電子文献は、ファイルを開かない限り、落としたことさえ忘れてしまう危険性大
だからな。

かくして、古典的名著は利用頻度が落ち、あちこちの図書館から除籍されてヤフオクに出回り、ダウンロードされた電子文献は、一度利用された後は忘れ去られる。
古典的名著は、こうして書庫から駆逐され、現物を手に取れない状況が続けば、最後には存在すら念頭に上らなくなるだろう。

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