2016-03-16

道坂昭廣『正倉院藏《王勃詩序》校勘』香港大學饒宗頤學術館 學術論文/報告系列(二十七)

日本では
 文系学部廃止論
などが出て、
 文系などゴミ
と思っている政治家がたくさんいることが分かった。
 文系廃止に賛成の政治家諸賢
におかれましては、二度と人前で
 『論語』を引用してエラそうにする
なんてことをしないようにお願いする。
 あなたたちがゴミだと思っている文系の「宝」の一つが中国古典
だ。
 ゴミを引用するなど、「恥ずかしい」
でしょうが。

科挙の国中国で「一国二制度」下、古典研究に気を吐いている香港大学には、いくつか古典研究の拠点があるけれども、
 饒宗頤學術館
もその一つだ。台湾・香港そしてただいま
 爆買い
で名を馳せている
 中国大陸
であっても
 古人の文化遺産である中国古典
は大事にされている。決して
 研究者を根絶やしにするような暴挙
は行わない。中国の長い歴史の中で、本気で研究者を根絶やしにしようとしたのは
 焚書・坑儒を行った秦始皇帝
くらいなものである。だから
 文系ゴミ論者

 秦始皇帝に並ぶ「英傑」
である。それぞれ
 わたしは秦始皇帝に並ぶ、勝れた文化政策を主張しています
と大声で喧伝するがよかろう。

このところ、たぶん
 文系ゴミ論者
には
 そんな研究はゴミ
だと思われるだろう
 日本古代の学術受容
について調べているのだが、
 正倉院
には、現在中国に伝わっているのとは別系統の
 唐代の詩人 王勃の詩集
が残っている。王勃は、初唐に属する人物だ。初唐とは、『日本大国語辞典(日国)』に拠ると、


 中国の唐代(六一八〜九〇七)を四分した第一の時期の称。高祖武徳元年(六一八)から玄宗即位の前年(七一一)までを指し、先天元年(七一二)から永泰元年(七六五)までを盛唐、大暦元年(七六六)から宝暦二年(八二六)までを中唐、太和元年(八二七)から唐の滅亡(九〇七)までを晩唐と称するのに対する。特に唐詩の時代区分として用いられ、近体詩が沈佺期・宋之問などにより完成され、また、王勃、楊炯、盧照鄰、駱賓王、陳子昂などが出現した時代。

となってるんだが、玄宗即位は712年で動かないんだけど、初唐711年でおしまい説はあまり見たことがない。玄宗即位「前年」を現在の暦法に直すと、711年なのか712年なのか、はっきりしないので、日国では711年としているようだ。普通は、この辺りはぼかすんだけどね。玄宗が即位したのは
 先天元年(712)八月四日(9月9日)
だ。今と暦法が違うから、こういう、齟齬が起きたというか、日国のこの項目を書いた人が、「前年なら1を引けばいい」と思っちゃったか、ま、そんなところ。ああ、びっくりした。
で、日国に出てくる
 王勃、楊炯、盧照鄰、駱賓王の4人

 初唐の四傑(しけつ)
で名高い詩人達である。4人とも、出世できず不遇だったが、
 大凡そ 物 其の平を得ざれは則ち鳴る。(韓愈「送孟東野序」)
ってわけで、勝れた詩を残した。最初に名を呼ばれる
 王勃の詩が最も優れている
という評価だ。
今風に紹介すると
 王勃 冗談で檄文を書いたら高祖が激怒 父を訪ねてベトナムへ行く途中で溺死
 楊炯 元神童 部下殺しの異名をもつ
 盧照鄰 病気で退職 入水自殺
 駱賓王 左遷に怒り官を棄て 則天武后への謀叛に加わるも失敗 行方知れず
という4人である。みなさんワイルドというかなんというかだ。

初唐と盛唐の区切りは、玄宗即位の前年で一致してるけど、その後の唐代の4区分は諸説あって、例えばこんな感じだ。
 初唐 618-712
 盛唐 712-762/765
 中唐 762/766-835/840
 晩唐 836/840-907
日本の奈良時代は、初唐の終わりから中唐に掛けて、ということになる。

で。
盛唐といえば、唐詩花盛りの最も充実した時期で、中学高校の国語で習う詩人で言えば
 李白・杜甫・孟浩然・王維・高適・岑参・王之渙・王昌齢・王翰
などの詩人が、美しく厳しい規律の下に作られる近体詩(絶句・律詩)や豊かな詩想をさまざまに表現する古詩を残している。
しかしながら、
 奈良時代の遣唐使

 唐で最新流行の近体詩を学んで帰ってきた形跡がほとんどない
のである。当時の詩を編纂した日本最古の漢詩集『懐風藻』の詩の主なものは
 その前の時代の六朝や初唐の詩に学んだ体裁
である。六朝の詩は、
 宮廷内の宴会で詠まれた詩
が多く、平安時代の貴族の詠んだ歌と状況がやや似ている。融通無碍の唐詩ののびやかさには及ばない。

もっとも
 近体詩を作れなかった
ということと
 唐詩を読まなかった
ということは同値ではない。最新流行、盛唐の近体詩を集めた書物はまだなかったか、目に付かなかったかだが、
 初唐の詩人の書物
は、ちゃんと買って帰って来た。それが、現在正倉院に残る
 王勃詩序
の原本の筈だ。
わたしの仕事の一つは、木簡等に残った
 習書(手習い)
を集めて、当時の文化状況を推測するのだが、木簡や正倉院文書にはどうも
 初唐の四傑に学んだらしい形跡
を残すものがある。
 初唐のワイルド4は奈良時代の宮中で結構人気者
だったみたいね。

で、アクセスのしにくい、正倉院の『王勃詩序』を研究、写本なので当然書き間違い等があるわけで、校勘を行ったのが、先輩の道坂昭廣さんだ。このお仕事をまとめたものが
 『正倉院藏《王勃詩序》校勘』香港大學饒宗頤學術館 學術論文/報告系列(二十七)
である。この書籍をCiNiiで見ると、所蔵が2館しかなく、
 どうしよう
と青くなったのだが、そこは
 太っ腹の香港大學饒宗頤學術館
である。リポジトリで、全冊PDFとして入手可能だ。
學術論文/報告系列(二十七) 正倉院藏《王勃詩序》校勘
ただし、最初に
 メールアドレスを登録
する必要がある。アドレスを登録すると、しばらくしてから
 password
が送られてくるので、それ以後はリポジトリにアクセス可能だ。
ありがとう、香港大學饒宗頤學術館。

ほかにも、學術論文/報告系列として、興味深い論文が出版されているので、中国学研究者は当然のこと、
 日本古代の仏教/説話研究者
 広東13行等に興味のある研究者
等等は、是非アクセスを。
學術論文/報告系列

というわけで、道坂さん、ありがとうございます。大変助かりました。

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2013-04-27

中国のH7N9型鳥インフルエンザのヒトへの感染 (その79)絞めた鳥の羽を抜く「脱毛機」がウイルスを拡散?@4/20付香港蘋果日報

いまのところ
 感染ルートが不明

 H7N9型鳥インフルエンザのヒトへの感染
なのだが、4/20付の香港蘋果日報が
 鳥の脱毛機が原因では?
という記事を載せている。

これがその脱毛機。
04
ついてるキャプションもすごい。


九龍城街市鷄販玲姐強調、毎天都徹底清潔脱毛機、不擔心機器會傳播禽流感。(九龍城の市場で、鶏を販売している玲ねえさんは、「毎日、徹底的に脱毛機を掃除してるんだから、機械から鳥インフルエンザが感染するなんて心配しなくていいわよ。」)
李忠浩攝

え〜、玲ねえさん、マスクもなんにもしてないんだけど、大丈夫ですか〜?

では、記事本文。広東語の会話文が所々にあって、その部分は翻訳に自信がない。


鷄鴨脱毛機 疑經空氣播毒(鶏や鴨の脱毛機 ウイルスを空気感染させている疑い)

内地街市的鷄鴨脱毛機或是H7N9禽流感播毒元凶!國家疾控中心懷疑禽流感病毒透過脱毛機霧化的小水點經空氣傳人。中大呼吸内科教授許樹昌指、沙士病毒當年同樣經霧化治療在威爾斯醫院散播、認為内地推測屬合理懷疑、促當局盡快徹査播毒途徑、阻止禽流感蔓延全國。(内地[香港・澳門等を除く中国大陸各地]の市場の鶏や鴨の脱毛機がひょっとしたら、H7N9型鳥インフルエンザウイルスをまき散らしている元凶ではないか! 中国国家疾病予防コントロールセンターは、鳥インフルエンザウイルスが、脱毛機の霧となったごく小さい水滴を通って、空気を経てヒトに感染するのでは、と疑っている。香港中文大学呼吸器内科の許樹昌教授は、SARSのウイルスはあの年に、[沙田の公立]プリンス・オブ・ウェールズ病院では同様のエアゾール治療を経て、飛散伝播したので、中国国家疾病予防コントロールセンターの推測は合理的な疑いに属すると認められる。当局が、出来るだけ早く、ウイルスの感染経路を徹底的に調査して、鳥インフルエンザが全国に蔓延するのを阻止するよう、促したい、と指摘した。)

國家疾控中心衞生應急中心主任馮子健表示、當鷄鴨放入裝了熱水的脱毛機後、其高速轉動的滾桶會拔除羽毛、其間有機會將帶病毒的霧化水點散播、令家禽從業員吸入水點後染病。(中国国家疾病予防コントロールセンター救急衛生センターの馮子健主任は、鶏や鴨をお湯をセットした脱毛機に入れた後、高速回転するドラムが羽毛を抜去して、その間に、ウイルスを含んだ霧となった水滴が飛散する機会があり、家禽を処理する従業員が水滴を吸い込んだ後に病気に感染する、と見解を述べた。)

霧化程序蒸發帶毒水點(霧となる過程でウイルスを含んだ水滴が蒸発する)
許樹昌指、脱毛機的霧化程序、會將帶病鷄的分泌物・口水及糞便、蒸發成小水點、令病毒原本經飛沫變成經小水點輕易傳播。此原理如同03年沙士病毒在威院8A病房經霧化治療散播一樣、他認為内地懷疑屬合理。如最終屬實、散播情況可以很危險、「鷄隻有大量病毒、現場空氣唔流通、家禽從業員就好易中招」。他建議内地街市參考本港做法、定期設清潔日及加設安全網、減低感染禽流感風險。(許樹昌は、次のように指摘する。脱毛機の霧となる過程で、病気の鶏の分泌物や涎や糞便を含んだまま、蒸発して小さい水滴となりうる。ウイルスそのものを飛沫に変化させることで、小さい水滴を経て、容易に感染する。この原理は、2003年のSARSウイルスがプリンス・オブ・ウェールズ病院8A病室で、噴霧器治療がウイルスを拡散させたのと同様、彼は内地の疑いは合理的であると認めた。もし、最終的にこれが正しければ、拡散状況は大変危険である。「鶏に大量にウイルスがあって、現場の空気の風通しが悪ければ、家禽を処理する従業員はじきに容易にウイルスに感染するだろう。」
港九新界冰鮮禽畜零售商會會長黄偉泉指、如脱毛機為播毒兇手、家禽從業員或要改以人手為鷄隻脱毛、「簡直係屠宰員末路、毎個人得一對手、點趕[走旱]得切幇咁[口甘]多鷄脱毛?」他建議鷄販使用脱毛機時、必須帶口罩作自保。九龍城街市鷄販玲姐指、未聞脱毛器可傳播禽流感、暫不擔心、強調鷄販毎天都徹底清潔機器作防控。(香港・九龍・新界冷蔵畜産小売商会の黄偉泉会長は、次のように指摘する。もし、脱毛機がウイルス感染の犯人なら、家禽を処理する従業員は手で鶏の脱毛をするように改めないといけないのではないか。「まったく、鶏を絞めて捌く作業員はおしまいじゃないか。みんなが両手で、うまいこと、沢山の鶏の脱毛を助けられるようにちょっばかり急ぐって?」
世衞與中國疾控中心組成15人專家小組、昨到北京了解疫情。世衞駐華代表藍睿明指、内地至今累積有逾千名患者的密切接觸者接受測試、暫未有人染病、認為病毒人傳人機會微。另[口力]内地抽驗8萬個禽鳥樣本、僅40個證實帶病毒、而且無禽鳥發病、情況不尋常。(WHOと中国国家疾病予防コントロールセンターは15人の専門家の小グループを結成して、昨日北京に到着し、感染状況を理解した。WHO中国駐在の藍睿明代表は、次のように指摘する。内地では今まで千名以上の患者との濃厚接触者に検査を受けさせてきたが、いまのところまだヒトの感染はないものの、ウイルスがヒトからヒトへ感染した機会は僅かながら認められる。そのほか、内地の8万個の鳥の検体から検査を行ったが、僅かに40個がウイルスを含んでいることが実証できただけで、しかも鳥では発症せず、状況は普通と違っている。)

2003年にSARS感染が拡大した背景に
 プリンス・オブ・ウェールズ病院8号室で、噴霧器治療によるウイルス拡散
があったが
 H7N9型鳥インフルエンザウイルスが感染した鳥

 脱毛機
にかける際、お湯を入れて羽根を抜く手助けにするため
 ウイルスを含んだ水滴が霧となって周囲に拡散される
というわけだ。

この仮説がどこまで正しいかはまだ分からないけど
 感染経路が謎
なのは、こうして拡散したウイルスが原因だとすると、なかなか厄介ですな。

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2012-03-28

特別講演会 馮錦榮香港大学教授「Galileo and Jesuit Science in 17th Century China」@3/27 人文研

中哲の先輩、馮錦榮香港大学教授の講演会が、昨日人文研で開かれた。
馮さんは、わたしが中文3回生の時の中哲のD1で、基本的に
 3回生/M1/D1
という組み合わせは、研究室でよく顔を合わせ、また、D1はM1の、M1は3回生の面倒を見る習慣だったので、結果的に3回生はD1とM1の先輩には特にお世話になる。わたしは、漢代の勉強をしていたので、中文と中哲と両方の授業に出ていた。で、調べ物等で中哲研究室には時々足を運んだ。その頃の中哲研究室は倫理学と一つの研究室を半分に区切って使っていて狭かったのだが、行くと、たいてい机の一つで、馮さんが勉強していた。馮さんの修論は、規定枚数50枚なのに
 本文50枚・注50枚・補論50枚
の150枚を、中国語で提出した、というので、有名だった。日本語と中国語では、圧縮率が違い、全文中国語で書くと、ほぼ1.6倍の内容になる。だから、馮さんの修論は、相当な分量なのだ。

馮さんの研究の特徴は
 それまで誰も気がつかなかった文献をアーカイブから拾い上げる卓越した能力
にある。昨日の講演は2本行われ、1本目は英語、2本目は中国語だったのだが、どちらの発表でも
 これまで誰も気がついてなかった文献
が大量に駆使されていた。いつもながらのことなのだが、凄い。文献を博捜するため、香港・中国・台湾はもちろんのこと、日本や欧米の各地の図書館に赴き、貴重書の中から、宝を掘り当てるのだ。最近は更に韓国も射程内だ。韓国ではいま漢字を自由に読み書きできる韓国人が激減しているので、中国・香港・台湾・日本の研究者は、漢文文献を調査するチャンスである。埋もれている文献がまだまだあるはずだ。
そして、今回は
 文献を博捜する能力が文物にも向けられた
ので、北京や台湾の故宮博物院にある
 天文観測機器
が、たくさん紹介された。康煕帝の天文観測機器はフランスに発注されたもので、パリの職人とその工房のサインが入っている。美しく機能的なそれらの天文観測機器を見るだけでも楽しいのだが、そうした機器の原理やガリレオとの関連が、イエズス会の活動を媒介として、見事に説明されるのを聞くと、明末清初の科学技術や科学知識の広がりが手に取るように見えてくるのだ。ラテン語で書かれた科学書が、中国のこうした天文観測機器や、漢訳された宇宙論に反映され、それらは後に韓国や日本にも及んでいるのを、馮さんが丁寧に解き明かしてくれた。

馮さんは、まだまだ論文の「ネタ」があるそうで、これから大量に明末清初の中国の科学史に関する論考を精力的に発表する予定である。とても楽しみだ。

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2011-04-04

福島第一第二原発事故 海外における日本食への風評被害→追記あり

明日、帰国するのだが、ハワイ在住の知人から聞いた、気になる話。

ハワイでは、日系人も日本人も多いので、原発事故による
 日本食へのダメージ
というのはほとんどない。というか、日本食はローカルフードとしてハワイの食に溶け込んでいる。ショッピングモールには、Sushiの看板を掲げた店があり、お客も減っていない。

ところが、知人によると
 香港やタイの日本料理店は軒並み、原発事故の打撃を受けている
という。つまり
 日本の食べ物は「危険」
だ、というのである。これまでは
 材料は日本直送
がウリだったりしたんだけど、いまは、日本直送はマイナスイメージになっているという。で、お店はヒマなんだって。

今夜は、最後の夜なので、Iron chef"森本"の"MORIMOTO"で夕食を取ってきた。"MORIMOTO"は、そこそこ混んでいて、ほぼ8割以上が
 白人客
だった。

(追記 4/6 8:15)
インドが
 日本からの食品輸出を全面禁止
した。時事より。


日本食品輸入、全面禁止=インドが初実施
時事通信 4月5日(火)23時34分配信
 【ニューデリー時事】インド保健・家族福祉省は、福島第1原発事故による放射性物質の放出を受け、日本からの食品輸入を3カ月間、全面停止することを明らかにした。ロイター通信が5日報じた。同通信によれば、日本の食品輸入の全面禁止はインドが初めて。
 同省は声明で「放射能汚染が日本国内のさまざまな地域に拡大した結果、日本からの食品輸入の供給プロセスにおいても、汚染が深刻化する可能性があるとの結論に達した」としている。インドは少量の加工食品、果物、野菜などを輸入している。

いまの
 海外はもちろん、国内でも「さっぱり放射性物質による汚染の状況がどうなってるか謎」な状態
が続くと、インドと同様の措置は広がっていくだろう。てか日本国内でも、きちんと説明されないままに
 なんだか恐い
という恐怖感だけがじわじわと
 風評被害を引き起こしている
わけで。 

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2010-02-27

帰国

今回の海外調査はとりあえず終了。さきほど帰国した。

一応、当初の予定はこなしたのだが、帰国前日に
 100巻/50冊一気見
という滅茶苦茶目に悪いことをしたので、結構身体に来た。さすがに20冊を越える辺りから、吐き気がしてきたのだが、死ぬ気で頑張って調査を終えた。相手は鉄眼蔵だったんだけどね。本体よりも、扉の書き込みとか、翻刻のされ具合とか、そういう方面に興味をかきたてられるものだった。パソコンがなかったら、昨日までで調査は終わってない。

空港へはHotelinkのシャトルバスを利用した。行きも帰りも実に楽ちん。今回泊まったホテルは機場快線だと乗り換えないといけないし、MTRの駅からちょっと距離がある。大きなスーツケースを転がして歩くのはしんどい距離だ。シャトルバスのおかげで楽が出来た。片道140HKDなので、機場快線+MTRと36HKDしか違わない。スーツケースを運ぶ手間を考えると、悪くない。
もし、2人以上でシャトルバスを利用するなら、2人目からは80HKDになる。

JALのカウンターの行列に並ぼうとしたら、香港人のJALのおじさんが搭乗口への行き方を説明したパンフレットを配っていた。で、顔を見ながら、お客さんそれぞれに応じていると思われる言語で声を掛けてくるんだけど、なぜか広東語で話しかけられた。日本人には見えなかったらしい。
5日も香港にいたので、
 日本人に見えない格好
が少し上手くなったのかも知れない。いくつかコツがあるが、ポイントは
 服装と髪型と靴
だ。

出発ゲートで金属探知機と手荷物検査で引っかかり、身体検査と荷物チェックを受ける。普通話で話したら、係官のみなさんにとても親切にされた。香港の手荷物検査で引っかかるのは恒例行事で、普通話で話して親切にされるのも何故か恒例行事になってしまっている。

ところで、今回は香港島側に宿泊したんだけど、前より治安が良くなったように感じたのは、勘違いだろうか。たいてい九龍側の尖沙咀に宿泊するのだが、印象が違った。
それとも、旧正月期間中だったからだろうか。
ともかくも、香港滞在中は、台湾ほどではないが、極端に緊張することなく過ごせたのは有り難かった。

調査の移動では、香港の旅の友
 オクトパスカード(八達通)
が活躍。150HKDが基本チャージだが、残高23HKDほど。
香港内のすべての鉄道が、そのまま乗り継げるようになったので、ますます快適。元の九広鉄道である東鉄線にも駅内移動だけで乗れる。
MTR車内には、電光掲示板が設置されていて、次の駅を標示したり、CMが流れたりするんだけど、いまは旧正月期間中なので、MTRから乗客への新年祝賀メッセージも出ていた。緑と赤、黄色の3色表示で
 爆竹が破裂するアニメーション
があったのだが、なかなか良くできていて感心してしまった。

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豪華お粥セット?

湾仔の三聯書店の隣にお粥屋がある。本当は餃子屋に行く予定だったのだが、旧正月休みだったみたいで開いてない。お粥屋に足を運んだ。
基本となるお粥にいろいろトッピングするという手もあるのだが、
 豪華お粥セット 40HKD
というのがあったので、それにする。で、
 豆乳を熱いのにするか、冷たいのがいいのか
というので広東語対北京語。

まず油条と豆乳が登場。ほどなくお粥もやってくる。お粥は
 全部入り
である。魚片とか皮蛋とか落花生とかいろいろ入っている。
Ju1
ここの油条は実にぱりっと揚がっていておいしい。お粥に載せてももちろんいいけど
 豆乳+油条
っていうのも捨てがたい。
豪華セットのもう一つの主役は
 腸粉と青菜
で、腸粉は蝦入り、青菜は見た感じ青梗菜なんだけど、日本の青梗菜の持つ青臭さが全然ない。

猫舌なので、お粥で口の中を火傷した。Ju2

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海天堂で亀ゼリー

銅鑼湾のそごうに行ったら、海天堂を見掛けたので直行。ここは
 亀ゼリー(亀苓膏)
の店だ。
ちょっと食べかけの亀ゼリー。
Kame1
熱々で出てくる。そのまま食べる人もいるし、テープルにはシロップも置いてある。わたしは軟弱なので、少し食べてからシロップを掛けた。

ちょっと喉が痛いので、生魚野葛菜を頼んでみる。
Kame2
店のおばちゃんたちは広東語しか出来ないので、コミュニケーションに大変問題があるのだが、なんとか出てきた。

これがメニュー。
Kame3
亀ゼリーが50HKD。生魚野葛菜は12HKD。

座って食べていると、横に中年男性が座り、さっさと亀ゼリーを食べて、そそくさと出ていった。デザートではなく、身体のバランスを養う食品の一つ、って感じかな。

銅鑼湾の海天堂の隣は、香港甘味の
 許留山
で、こちらは行列が出来ていた。マンゴー好きのわたしとしては許留山も捨てがたいのだが、風邪を引きそうで海天堂に行ったので、今回は残念ながら見送る。

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香港と言えば蝦雲呑麺

香港で気軽に食べられて、あまり外れないのが
 鮮蝦雲呑麺
だろう。名店もあるけど、これもMTR湾仔駅の近所の麺家で。
Yun
鮮蝦雲呑麺が27HKD、上湯蝦子芥蘭が30HKD。芥蘭は、あると頼んでしまう。オイスターソースがかかってるのが多いけど、上湯でさっぱり系みたいなのでこっちを選んだ。

ここの雲呑麺は、麺が上にどっかり載っていて、掘り起こすと雲呑が上に出てくる。蝦の甘味のある、さっぱり系スープ。

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2010-02-25

香港は春節期間中の大バーゲン

銅鑼湾には
 そごう
がある。そごうは
 大安売り!
の垂れ幕だらけ。ビルの外にも、店内にも、垂れ幕がぶら下がり、至る所で大安売りをやっている。
正価勝負のデパートがそれなら
 本屋も大安売り
で、ホテルの近所にある三聯書店に行ったら
 学術書の大安売りコーナー
が作られていた。大安売りの上に
 さらに1割引き
なので、すごい値段になってる本がある。もう相当荒らされた後だったのだが、残り福はあった。

昔から
 中国になくなった本は、三聯に行けばある
とは言われてたんだけど、それでも見つからない本もあって、悲しい思いをしている。

三聯書店もそうなんだけど
 一定の額を買うと、優待会員になるシステム
になっていて、三聯は随分前から
 500HKD以上買うと割引価格で買える優待会員カードをくれる
のである。これは旧正月が変わり目なので、この間から
 虎カード
に切り替わった。500HKD以上買えばカードをくれて、なおかつ
 その時の買い物も優待割引
をしてくれる。
大体、カードをくれても、次の春節までの間に香港に行くことがなかったから、テンポラリカード扱いになっちゃっている。前貰ったのは、馬カードだったな。8年前か。
今日のレジはベテランのおばさまで、いきなり広東語で何か言われたので、
 すいません、広東語ができないんです
と北京語で謝ったら、北京語で
 ここに電話番号書いてね
と言い直してくれた。

三聯の専門史の棚に
 書林清話
があったんだけど、
 横組み簡体字
で、甚だ興を殺がれた。てか、『書林清話』は、横組み簡体字が似合わない書物だろうに。勘弁してよ。

今回、購入した、三聯の不良在庫一掃セールの餌食となっていた学術書は次の3冊。
・李浩 唐代園林別業考録 上海古籍出版社(精装) 
これはたぶん平装本を持ってるけど、誰か欲しい人がいそうだから拾ってきた。23HKDで文字通りのたたき売り。
・張光裕・黄徳寛主編 古文字学論稾 安徽大学出版社
たたき売り価格でちょうど大陸の値段と同じ。
・武漢大学簡帛研究中心 簡帛 第三輯 上海古籍出版社
第三輯しかなかった。これもたたき売り価格で大陸とほぼ同じ値段に。

三聯は他にも支店があるので、また覗いてこよっと。

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本を起こしに行く

只今、香港で訪書調査中。
わたしの仕事の一つに
 本を起こしに行く
というのがある。海外調査で、それまで注目されていなかった書物を掘り起こして、周囲の注意を喚起する、という意味だ。
考古学で
 当たる
というのは、担当した現場で大きな発見があることで、当たりやすい人というのがいるのだけど、訪書調査も「当たる」かどうかが鍵だ。

わたしの注目する書物は
 目録には載っているが、書庫で割合冷遇されている書物
だ。どれがそう、というのは難しいけど、何となく
 これは大事
というのが見えることがある。訪書調査の時間は限られているから、大量に次々見るのではなく、ポイントを絞って鍵になりそうな書物を見せていただく。その中に一部でも「ちょっと匂う」書物があれば、調査はほぼ成功である。
難しいのは、事前に調査したい書目を申請してからじゃないと、閲覧許可が下りないことで、目録の文字列だけから、
 これは大事そうだ
というのを判断するしかない。書影(その書物の画像)が出てればいいけど、そんな親切な目録ばかりではない。もう何十年も前につくられた、ぶっきらぼうで、甚だ不親切な目録の方が圧倒的に多い。その中から
 オレを読んでくれ
と叫んでいる書物を探り出すのである。

昨日も、中国と日本の文化交流の400年ほどの歴史を体現する波瀾万丈の経歴を持った書物が見つかった。書庫にあるのは分かっていたが、やはりあまり注目されてなかったようで、繙くと文字通り歴史がこぼれ出た。こういうことがあるから、訪書調査はやめられない。
少々、傷んでいるので、気をつけて頁をめくりつつ、往時の日本人がどんな気持で、中国から齎らされたこの書物を開いたかを想像した。最初の函の上にある分は、何度もめくられたために、版心のところが切れそうになっている。慎重に開きながら、注記を転写した。

以前は出来なかったりしたけど、いまは善本室にコンピュータを持ち込めるので、調査のスピードも速くなった。

貴重な歴史を抱えて眠っている書物は、世界中どこにでもあり、誰かに再び繙いて貰える日を待っている。

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