2012-04-16

今年もそろそろゴキブリの季節

88歳の母は
 ゴキブリが大嫌い
だ。たとえ夜中だろうと、ゴキブリに遭遇すると
 撃ちてし止まん
と、殲滅態勢に入る。その執念には恐れ入る。

で、
 Lionが「ゴキブリ天気予報」なるサイト「ゴキてん」
を開設している。
 ゴキてん
年中暖かい沖縄地方は別として、現在
 名古屋以南に「青緑色」の「ゴキブリお目覚め注意報」
が出ている。奈良はまだ
 ゴキブリ冬眠中
だが、このところ暖かいので、そろそろ備えが必要だ。
Lionには
 バルサンマン
なる
 有害昆虫からみんなを守る「バルサン戦士」
もいて、twitterでつぶやいている模様。
バルサンマン

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2012-04-01

Google Mapでエイプリルフール ゆうしゃになってぼうけんだ→おりたせんせいがあらわれた

毎年恒例の
 エイプリルフールねた
なんだが、Googleはこんなことを始めた。

Google Mapを開く。
G41

よく見ると、左下に
 ぼうけんをはじめる
というウインドウが。

このウインドを開くと
G412


ぼうけんをはじめる
・8 ビットのランドマークを見物
・勇者になって世界中をぼうけん
・隠れたモンスターをみつける

8びっとぼうけんまっぷ は Google が提供するベータ版のマップ テクノロジーです。ご利用にあたってはシステム要件をご確認ください。お使いのシステムは 8 ビット処理に必要な最小要件を満たしていない可能性があります

今すぐ試す

となっていて、
 今すぐ試す
を押すと、
 8びっとぼうけんまっぷ
の始まり。
G413

Googleの本気を見たぜ。

その他のエイプリルフールねたは、ガジェット通信等にまとめがある。とりあえず、ガジェット通信はこちら。
2012年エイプリルフールまとめ

ところで、インプレスは、例年のうおっちじゃなくて
 萌え Watch
がエイプリルフールねたみたいなんだが。
萌えWatch
urlを見ると
 uocchi12
を振ってあるので、今年はこれだけかな。

続き。(9:28)
twitterでぽむのたかぎみ江さんがおしえてくれた。


https://twitter.com/2nn_news4plus/status/186245297360470016
pomumie: おりたせんせいが あらわれた! http://t.co/XtJojE61

え?と思って、開いてみると、確かに。
Orita
本部構内じゃなくて
 教養構内にある銅像
といえば
 折田先生像(現在は、教養の図書館の地下に収蔵)
じゃないか!

おまけ。
東スポの身体を張ったギャグ。


Tuti_reasonably_small
https://twitter.com/yamtom/status/186147557028798465
tospo_mobile: 真実を愛する東スポが最も苦手とする1日がやってまいりました

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2012-02-29

雪道を歩く

今回、調査先は北国。今の時期は根雪がまだある。当然ながら
 路面は氷と雪が混在
している状態。

いろいろ迷って、
 足元はスノトレ
にした。二年程前、横浜は鳥浜にあるNIKEのアウトレットで、
 破壊的な安値
でたたき売られていた一足である。道産子としては
 雪道での安全歩行が可能な靴
は、常に一足はキープしておかなくてはと思い購入した。関東辺りだと、一冬に一回、スノトレの出番があるかどうかだろうから、あんな価格だったんだろう。

で、相当久しぶりに
 本格的な凍結路面に雪が乗っかっている状態の道路を歩く
ことになったのだが、子どもの頃から20年近くさまざまな状態の雪道・アイスバーンを歩いていたし、最近雪が降った後だったから、ほぼ楽勝だった。
スノトレのグリップも申し分ない。
転ばないための一番の鉄則は
 急がないこと
だ。急ぐと、足元のグリップが不安定になり、滑って転ぶ危険性が増大する。あとは
 体重をなるべく足の裏全体にかける
ことかな。

外気温は-4℃より高かったようで、この気温だと、交通量の多い幹線道路だと、路面の凍結が緩み始める。まあ、冬にしては
 暖かい方
ですな、体感的には。道産子としては
 真冬日
といわれても、
 最高気温が零下をちょっとでも下回れば真冬日
なわけで、
 ま、冬だし、真冬日で当たり前でしょ
という感じかな。本当に真冬という感じになるのは
 外気温が-4℃より下がった辺りから
だと思う。-4℃より下がると、路面が融けなくなってくるので、路面を走行する自動車のタイヤの音が全然違ってくる。

久々に雪景色を眺めたので、元気になった。
冬は雪を見ないと、調子が出ない。
すべてのものが、綺麗なものも醜いものも、なにもかも、真っ白い雪で覆われ尽くして、色彩が消えモノクロの世界になる、吹雪の昼間は好きだ。圧倒的な力で雪に覆い隠される日々を半年ほど過ごす、その営みを子どもの頃に経験すると、大抵のことには負けない気持ちが、心の根っこの方に自然とできあがるような気がする。雪国出身の人の粘り強さは、厄介な冬の伴侶、雪が作ってくれる。

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2012-02-25

弱い子どもはそのように育てるしかない

時々、特に高齢でパパママになった人達が
 うちの子はしょっちゅう病気している
と嘆いているのだが、それは
 その子どもがそういったちょっとデリケートな子どもだから
だと言うしかない。昔から
 子どもには手のかからない子と、手のかかる子がいた
のであり、少子化の現在、一人か二人しかいない子どもが
 たまたま弱い子どもだった
ってだけの話。まあ、高齢出産カップルだと
 自分が子どもの頃の話は綺麗に忘れている
わけで、ひょっとしたら
 自分自身が「育てにくい子」だった場合も、その事実すら忘れている可能性
がある。だから余計に
 頻繁に病気になる我が子が負担に感じられる
のだろう。
少子化では
 育てにくい子
という言葉が忘れ去られているが、
 子どもは決して同じように手がかかる訳ではない
のである。
 同じきょうだいでも、育てやすい子、育てにくい子がいる
のは、当然だと昔の親たちは受け止めてきた。そして
 育てにくい子は、手を掛けて育て上げる
のも、当然だった。そうしないと育たないんだもの。そういうものなのだ。

兄弟姉妹がたくさんいたり、しょっちゅう同年代の従兄弟姉妹と遊んでいれば
 世の中には、弱い子も強い子も必ずいる
ことに気づく。その経験を親となった今も覚えているならば、
 強い他の子どもをうらやむ
よりは
 いま目の前で懸命に生きている弱い子どものケア
をしてほしい。その子の「体質が変わる」としても、たぶん学齢以上だ。もっと時間がかかることもある。でも、それはその子の持って生まれた性質なのだから、親はどんと受け止めて欲しい。

あと、よくわからないのだけど
 乳児の内に中耳炎になった
場合、親はその後、この子は感染症にかかりやすいかもしれない、と特に注意するのが以前は経験として普通の態度だったと思うのだが、最近は違うのかな。エビデンスがあるかどうか知らないけど、
 赤ちゃんが中耳炎になった
となると、熱を出しやすくて、いろいろトラブルが起きやすい子どもであり、
 小学校に上がるまでは、できるだけ熱を出させないように気をつける
というのが、抗生物質がそれほど普及してない頃の人達はもちろん、少なくとも二十年前までは常識だったように思う。明治生まれの祖母の子育て話を聞いたことがあるのだが、祖母が産んで、育った(生まれてすぐ死んだ子どももいるので、産んだ数はもっと多い)、五人いる兄弟の中で、一人、乳児で中耳炎になった叔父がいて、
 この子は弱い
というので、慎重に育てた、と聞いた。それでも残念ながら、叔父は片耳が難聴になってしまった。祖母の時代はいうに及ばず、昭和末期になっても
 赤ちゃんが中耳炎
というと、
 この後は熱出させないように気をつけないとね
というのが、合い言葉みたいなものだったのを、しばしば聞いた。こうしたものは民間の経験的な知恵なんだろうけど、いまは継承されてないのだろうか。

弱い子どもは、細心の注意を払って、大きな病気に罹らないよう、またケガをさせないよう、見守って育てるしかない。
弱い子どもは、遠くや長時間の旅行はさせないのが、昔の子育て(昔といっても30年くらい前まで)は普通で、
 まあ、大きくなったらいくらでも旅行なんてできるんだから、小さい内は我慢しないとね
と、子どもを旅行に連れて行けないで悩むパパママに、祖父母やおじおば世代が慰めてくれたものだった。最近はそういう
 年長者のアドバイス
が少ないから、余計焦るんだろうけど、旅行先は逃げていかない。
よくハワイ旅行関連の掲示版などにいる、勘違いパパママの
 旅行料金が赤ちゃんや幼児だとうんと割引になるから、安い内に遠い旅行に連れて行きたい
なんてのは、言語道断だ。もし、急病になったら、かかりつけじゃないお医者さんに診てもらうんですよ? そんなの、子どもにとっては大迷惑だ。もちろん、これも時々耳にする
 子どもが熱を出してるけど、ハワイ等の旅行の予約を取り消すと損をするから、ムリヤリ連れて行く
なんてのは、話にならない。事実、これまでも
 水痘・麻疹等感染症の機内バイオテロを敢行した親子連れ
の話などを時々耳にしている。機内は逃げ場がないから、不幸にして同乗してしまった免疫のない大人がこれらに感染すると、重症化する上に、治るまでは帰国の飛行機に乗せてもらえない感染症だから、とんでもないことが起きるのだ。
大体において
 二、三歳までの子どもを海外に連れて行く
のは、転勤等どうしてもやむを得ない事情がない限り
 親の自己満足以外の何者でもない
のである。子どもはまず覚えてはいない。結局は、
 写真やビデオ、あるいは思い出の点景として「子ども」が欲しい
だけなのだ。そのあげくに、弱い子どもをわざわざ連れ出して、一生に関わるような病気やケガをさせたとしたら、
 親による「虐待」
といっても、言い過ぎではない。
この手の
 思い出づくりが好き
という人がいないわけじゃないのだが、特に最近増えている、高齢でやっと授かった我が子なのであれば、
 親のエゴでせっかく授かった子どもの生命を左右しないで欲しい
と思う。てか、最近
 遅くやっと授かった子どもを大事に育てる
ってのが常識じゃなくなっているよね。周りが高齢出産だとそのことをつい忘れがちになるけど
 次の妊娠はない可能性が高くなっていく
のだから、大事に育てて欲しい。親のエゴ主導の思い出づくりなんて、子どもの生命やこの後の人生に比べたら、取るに足らない問題だ。

たぶん、二つになっても三つになっても
 うちの子は病気をする
と嘆いているご両親は、自分の子どもが
 弱い子どもである
という事実が、受け入れられないのだろうと思う。大体、普通は
 この子は弱い
というのは、
 一歳くらいで見極めが付く
わけだ。一歳まで無事だったとしても、ふとした病気などがもとで、打って変わって弱い子どもになることだってある。子どもの弱い、強いは、いくらでも変わるものだ。
たった一人か二人の子どもが
 どちらも、あるいは片方が「弱い」
ということに耐えられないとしたら、それは
 平均値が自分にも適用されるという意識に毒されている
のじゃないのか。
 弱いのも子どもの個性
である。
まさか、35歳を過ぎたいいオトナが
 子どもはみんな元気
と勘違いしているわけじゃないだろうな。
 元気な子も、弱い子も、みんな子ども
だ。別に
 弱いからといって、特別に劣っているわけではない
のだ。そして
 弱い子を大事に育てる
のは
 決して過保護
ではないのだ。そういった昔から言われる「育てにくい子」は
 手を掛けるのが当然
であり、保護して保護しすぎることはない。

手のかかる子は、それだけ親の愛を受けられるのだから、もし、兄弟姉妹がいるのであれば、
 手のかかるきょうだいによって、手のかかない「おりこうな」子どもがうっかり放置されないよう
に、気を配って欲しい。たまにはぎゅっと抱きしめてあげて欲しいよ。たぶん
 手のかからないきょうだい
の方は、子どもながら、ずっと何かを我慢してきているはずだから。

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2012-02-22

「家」さえ続けば(その2)代々のお家柄

2012-02-18 「家」さえ続けば
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2012/02/post-da7c.html
の続き。

DNA継承至上主義の現代だと
 代々のお家柄
というと
 その家のDNAが現在の子孫に確実に受け継がれている
と勘違いするが、系図をよく見てみると、実はそうではないことが結構ある。

家が絶えないようにするために、養子を取る場合、血縁から取るとは限らない。
たとえば医家のように、学術・技術の家柄の場合は、
 優秀な弟子を養子にする
ことがあるが、最初はもし娘がいれば、娘と結婚させたりするけれども、
 出産での母子死亡率は非常に高い
わけで、お産や産後の肥立ちが悪くて妻が亡くなることはまれではない。さて、この場合、
 家付き娘に子どもがいるかどうか
は別として、
 後添いを迎える
ことは少なくない。その場合は、血縁かどうかはもはや考慮されていない。もし、考慮されるとすれば
 縁組に釣り合う「家格」かどうか
で、家格は前にも言ったように
 釣り合う家の「養女」とすることでいくらでも上書き可能
だ。
そして、子どもの死亡率も高いから、たとえ家付き娘の産んだ子どもがいたとしても、成人に達するとは限らないのだ。
多数の子どもが生まれたとしても、最後まで育つことがない場合もあって、そうなると、次代も養子を取ることになる。もちろん、現代の人々が悩むのと同じように
 子どもに恵まれない場合
もある。それどころか、妻を迎えないこともある。その場合は、必然的に養子を取る。
そして、子どもがいたとしても、
 不肖の子
であれば、実子を退け、迷いなく、家を継承するのにふさわしい才能を持った他人を養子に迎える。家をつぶすよりは、その方が遥にマシというのが、江戸時代の判断である。

結局、
 必要なのは家の存続
であり、DNAではないのだ。この辺り、うっかりしていると、現代のDNA継承至上主義の影響で
 江戸時代以来の代々優秀な家系
とか、信じてしまいがちだが、そんなことはまずないので安心して欲しい。
親類から養子を取ったとしても、その親類自体が、すでにそれまでに養子夫婦を入れたりしてるから、「一族の血筋」はそこで途切れている。確実なのは
 家が続いている
という情報だけだ。

養子による相続では、続柄が本来の血縁関係とは異なってくるわけで、中には、まったく血縁がないのに「親類」等になってしまうことがある。だから、江戸時代の公的な親類書や遠類書には、必ず、
 表向はこういう血縁関係があるようになっていますが、実際には血縁関係はありません
と断り書きがついている。
江戸時代の公的な親類書や遠類書が現在も残っているなら、その家の血縁姻戚関係の確認のしようもあるが、そうではなく、何の証拠となる公的な書類もないのであれば、
 代々の家柄
と言われても、それは残念ながらある種のフィクションなのであり、若い人達が、そうしたフィクションから構想された
 DNA継承至上主義圧力
に苦しめられる必要はない。自分の家の旧民法下の除籍謄本を取っただけでも、いろんな知らないことがわかったりする。

戦後の「家」はその辺りをすっ飛ばしてるから、余計、わかりにくいし、「家」幻想に基づく変な圧力をかけるよね。

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2012-02-17

最短距離で最善解

結婚するなら、理系がいいと思っていた。理由は
 最短距離で最善解
が、理解出来るから。いわゆる文系の人達の中には、この
 最短距離で最善解という感覚がない
人がたまにいる。こればかりは感覚の問題なので、要は価値判断なのだが、一緒にいて、この感覚がないのは、実に辛い。パートナーとしてやっていく自信はない。

世の中、必ずしも
 最短距離で最善解がベスト
というわけでもないようで、
 簡単なことを難しく考える
人もいる。まあ、自分だって、疲れたりして判断力が落ちているときは
 簡単なことを難しく考える
傾向があるので、そうなっていると気がついたときは、身体と頭を休めるようにしている。
 下手の考え休むに似たり
で、補助線が思い浮かばないときは、根本的にダメなときなのだ。

自分を大きく見せようとして、簡単な問題を難しくしようとする人もいるけれども、その議論を聞かされている周囲は、だんだんといらいらしてくる。
世の中には自分より賢い人がたくさんいて、いま議論しているようなことは、すでに何度も議論されていて、でも、そのことを知らないでいて、その議論はあたかも自分だけができるのだという風なようすでいるのを一々指摘するのも面倒なので、適当に相づちを打って、話を引き取るのが、一般的な対応だろう。インド学の学生の頃、いつも恩師には
 あなたのspeculation
としか言ってもらえなかった。それでもそのつまらないspeculationに時間を割いてくださったことには、感謝しても感謝し尽くせない。

学問の世界では、分野によっては
 最短距離で最善解
とはいかない場合があるが、それ以外のこと、たとえば生活のいろんな決めごとなどでも、
 最短距離で最善解
が見つかるかどうかは、重要だ。最善解が直観的に見えるかどうか、得られた解が最善であるのか、さらにブラッシュアップした方がいいのか、そうしたことを瞬時に見分けられているのか。

海外に出て帰ってくると、そんなことを考える。

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2012-02-03

特急車内で「貴金属買い取り業者に来てもらった後に、泥棒に入られた人が」

先日、近鉄特急車内で、ご高齢のおばさま二人がこんな会話を。
「○○さんとこ、やっぱり買い取りに来てもらったんが、あかんかったみたいやわ」
「あれで、盗られたんやろか」
「なんか聞いたら、ほんまはいくつか売るつもりで、電話して(業者に)来てもろて、指環を一つだけ見せたんやて。そしたら1万円とか言われて、あほらしなって帰ってもらったんやけど、それからじきに泥棒が入って」
「こわいな」
「あれ、買い取りに来る人、家の中全部見てるんや。どこが出入口で、どこに何があって、どこに宝石入っててって、見せてるようなものやもの」

どうやら、このおばさまお二人の知り合いの方が
 貴金属買い取りますという業者に来てもらったが、買い取りを中止して帰ってもらって程なく泥棒に入られた
ということらしい。
まあ、買い取り業者といっても、
 どんな人が来るかわからない
わけで、
 家に知らん人入れたらあかん
というのが鉄則。

結局
 貴金属買い取り業者
というのは、
 トシやから、途中で落としてしまったらかなん
という
 そこそこ裕福なお年寄りの不安を狙った商売
なわけで、有象無象が参入している模様。

日本人って
 貴金属類の保管等にわりと無頓着
だからな。
 買い取り業者が来てからおもむろに保管場所から出す
なんて、危なくてしょうがない。

アメリカのクライムサスペンスを見てると
 トイレを借りて、次の獲物の目星をつける
というのは定番。

高齢者で生活している場合は、この手の
 善意等につけいる悪人がいる
ことにあまり気がつかないかもね。

こちらは1/26付茨城新聞。全国で同じことが起きているだろう。ご注意を。


2012年1月26日(木)

貴金属類訪問買い取りトラブル増 買い戻し拒否や窃盗事件も

「業者確認徹底を」と県消費生活センター

金や貴金属などの訪問買い取りをめぐるトラブルが県内で増えている。突然自宅に訪問を受けた高齢者が、価格の査定が適正かどうか判断できず、買い戻しを求めても拒否されるケースが相次ぐ。訪問による買い取りは、消費者が売り手となるためクーリングオフ(契約の無条件解除)の適用外だ。つくばみらい市では買い取り業者が、訪問先から貴金属を盗む窃盗事件も起きた。県消費生活センターは訪問業者の確認を徹底するよう呼び掛けている。

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病み上がりの節分はおとなしく

年明けに引いた風邪で、どうやら気管支と肺に炎症を起こしたらしく、どうも咳が引かないのでかかりつけの病院の先生が抗生物質を出してくれたら、劇的に症状が軽快した。
症状は酷いときよりはましになったのだが、相当身体にダメージがあった模様で、仕事の時以外は、家で寝ている。まだ咳も出るし、一番困るのは、時々息が切れることだ。参ったね。

こんな調子なので、今夜の節分は家でおとなしくしていることに。

いつも行く寺社へは今年は不参。残念。
一応、ご案内。
春日大社の節分万燈籠。


節分万燈籠(せつぶんまんとうろう)

※17時半頃~舞楽奉納
 18時頃……全燈籠に灯がともる
 20時半……閉門予定

拝観:回廊内特別参拝は500円。また、3000円以上の初穂料で献燈可
場所:直会殿(舞楽)・境内一円

興福寺の追儺会。


追儺会(ついなえ)

◆2月3日(金) 18:30~

興福寺では毎年節分の日に追儺会をおこなっております。
病気平癒を祈願する法要のあと、東金堂前庭に設営した舞台の上で、三匹の鬼が登場!!毘沙門天と激しい?戦いを繰り広げます。
その後、大黒天が登場しご参拝のみなさまに福をお授けします。

【法要】 18:30~  東金堂  
【鬼追式】 19:10頃~  東金堂舞台

また販売用の福豆は13:00頃よりテントで販売を開始いたします。
  福豆大 1,000円  福豆小 200円

ぜひご参拝下さい。

京都・吉田神社の節分祭。


特殊神事 節分祭

室町時代に執行されて以来、信仰と伝統を誇る京洛の一大行事
約50万人もの参拝者で境内は埋め尽される

           【 主 な 祭 事 】
2月
 2日 午前8時   節分前日祭 於 本宮・大元宮
            疫神祭 於 大元宮中門
    午後6時   追儺式(鬼やらい神事)於 本宮前 舞殿

 3日 午前8時   節分当日祭 於 本宮・大元宮
    午後11時   火炉祭(古神札焼納神事)於 本宮前 火炉
 
    2・3日の両日には約800店の露店が立ち並びます 

 4日 午前9時30分 節分後日祭 於 本宮・大元宮

        節分3日間 大元宮内院特別参拝 

※節分祭ご参拝には駐車場がございませんので公共の交通機関をご利用下さい
(以下略)

これだけ息が切れてると、春日大社はもちろん、吉田神社の石段を上り切れるかどうか。

おまけ。
道産子には懐かしい
 節分の玉チョコ
は、今では平塚製菓だけが作っているとか。画像は平塚製菓のサイトからお借りした。


自社製品のご案内 玉チョコ
03

フォンダンにスイートチョコレートの被覆をほどこし、銀紙で個包装した昭和20年代にポピュラーであったチョコレートです。
今では当社しか製造していない伝統的な商品です。

北海道の節分の豆撒きは
 殻付き落花生に玉チョコや包装されたチョコ・飴等
を撒く。
 床に落ちたのを拾っても食べられるから
という極めて合理的な理由による。

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2012-01-21

夢に旧友を見る

早稲田を受験するために上京した時以来、一度も会ったことのない旧友の夢を見た。

大丈夫か?

その後、彼は官僚になって、ずっと働いている。
夢の中では、わたしが彼に何か学術的な調査の報告をしていた。今、明治維新前後の官僚組織の変遷、旧友の職場にも関係する部署について調べているのは確かではあるけれども。

滅多に会わない旧知の知り合いを夢に見ると、心配になる。
元気でいて欲しい。

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2011-12-25

【業務連絡】水口拓壽さんが台北孔子廟で挙げた華燭の典が台湾紙で記事になる

まずは、水口拓壽さん、簡秀文さん、ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに。

というわけで、台湾の聯合新聞にこんな記事が。


孔廟首辧儒家婚禮 新郎日本人

台北市孔廟首次舉行儒家婚禮。記者郭安家/攝影

孔廟日本禮生水口拓壽與妻子簡秀文昨天在孔廟完婚。記者郭安家/攝影

【聯合報/記者郭安家/台北報導】
2011.12.25 03:39 am

台北市孔廟昨天破天荒舉行儒家婚禮,在民政局長黄呂錦茹主證婚下,曾在孔廟擔任禮生的日本籍新郎水口拓壽,迎娶台灣美嬌娘簡秀文。未來孔廟也將以此為藍本,開放民衆申請儒家婚禮。
「我愛儒家、中華文化,我愛台灣」,水口拓壽以流利的中文説,未來不只學習儒家文化,還要具體實踐。不過新娘簡秀文直説「好害羞」,因為水口拓壽花了很多時間,才説服她[女也]在孔廟完婚。昨天新郎穿著紅色傳統長袍,新娘鳳冠霞披,在禮生引導下於大成殿行祝告禮。新郎先向孔子上香,兩人歩上大成殿前廣場,雙方家長及證婚人及介紹人都身穿長袍,坐在兩側。

禮生依序在案卓上擺放婚禮聘書、禮書及迎親書,接著新人向孔老夫子上香、獻禮,搭配悠揚的音樂,新人身後16名佾[人+八+月]生也獻上佾[人+八+月]舞,場面隆重莊嚴。

水口拓壽為東京大學博士,他長期鑽研中國思想史與儒家禮樂。水口拓壽在中研院訪問期間,認識當時任職中研院歐美研究所的簡秀文。兩人完婚後,簡秀文就要隨先生到日本定居。

黄呂錦茹説,據考究,70年前、日據時代,台北市孔廟剛由民間人士完工,當時的禮生組組長楊文彬獨排衆議,堅持在孔廟完婚,之後孔廟就不曾辧過婚禮。

黄呂錦茹表示,此次儒家婚禮,有16名佾[人+八+月]生、14名禮生及20名樂生參與,包括服裝、儀式用品在内,共花9萬元,由市府支付。

孔廟執行祕書施淑梨説,孔廟將放為婚禮的場地,婚禮流程可兼具古禮及新人的想法,但經費要由新人支付。

【2011/12/24 聯合報】

写真を見るとわかるけど、儒教式の婚礼だ。

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