2008-07-23

中村璋八『日本陰陽道書の研究』(平成5年版)汲古書院

苦節3年、やっと入手。
中村璋八先生の『日本陰陽道書の研究』は、日本における陰陽五行説受容を考えるための基礎文献なのだが、なんせ、すでに古書扱いになっていて、見たら買わないといけない。
しかも、中村先生は律儀でいらっしゃるので、新しい版が出る度に、少しずつ手を入れていらっしゃると聞く。したがって、古書市場には、出版年の違う『日本陰陽道書の研究』が流通しているのだが、購入するのは一番新しい平成5年版でないといけない、というわけだ。平成5年版の前の版は、割と見かけるのだが、平成5年版はなかなか見なかった。見つけても、すでに売約済みだったりして、この3年間買えずにいた。
入手した本は、かなり開き癖がついていて、所々文字の誤りを直している。箱付きでほぼ原価で買ったから、よしとしよう。確かに、文字の誤りは散見するから、先人が直してくれているのはありがたい。それ以外は、綺麗に読まれている。

次は
 岡西為人『宋以前医籍考』
だな。臺灣リプリントが欲しいのだけど、これは流通が少ない上に、持ち主が亡くなりでもしない限り市場に出回らないので、更に厳しい話になりそうだ。
目が悪いので、古本屋巡りができない。勢い、カタログ勝負となるんだけど、どうも『宋以前医籍考』は欲しい人がたくさんいるらしくて、まず見かけない。
どっかでまたリプリントしないかな〜。
10年待った(といってもオンライン『四庫全書』には原文は入っているのだが)『建康実録』は最近入手した。
古書の入手は、それこそ出会いなので、のんびり待つしかないだろうな。

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2008-07-08

拝受 渡辺晃宏(代表)『推論機能を有する木簡など出土文字資料の文字自動認識システムの開発』(平成15-19年度科研費基盤(S)成果報告書・『奈良文化財研究所紀要2008』・市大樹「慶州月城垓字出土の四面墨書木簡」

著者の市大樹さんから頂く。ありがとうございました。
 ・渡辺晃宏(代表)『推論機能を有する木簡など出土文字資料の文字自動認識システムの開発』(平成15-19年度科研費基盤(S)成果報告書
は、奈文研が中心となって取り組んでいた、木簡釈読のためのデータベース解析研究についての分厚い報告書。全部で300ページを越える。
 ・『奈良文化財研究所紀要2008』
は、6月に出たばかりの奈文研紀要の新刊。冒頭にカラー口絵、前半が研究報告、後半が発掘報告。発掘報告の地図や測量図は二色刷りで見やすい。
・市大樹「慶州月城垓字出土の四面墨書木簡」(奈良文化財研究所・大韓民国国立文化財研究所『日韓文化財論集I』奈良文化財研究所学報77所収)
は、慶州の四面墨書木簡(149号木簡)を、日中の資料を援用して読みを確定し、木簡の性格を明らかにした論考。とても面白い。

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2008-06-25

本を入れ替える

極めてばかばかしい理由から、これまで書庫へのアクセスが悪く、本の入れ替えがスムーズに行ってなかった。
さすがに少し考えた。
論文が上がったところなので、校正が終わるまでは、資料は手元に置いておきたい。
ただ、次の論文がすぐ控えているので、そっちの準備もしなくてはならない。
ともかくも、隙間をやりくりして、必要な書物を手元に置き、しばらく見ないだろうものは書庫の奧に入れるという作業に手をつけた。

本棚が使いづらいと、勉強もはかどらない。いくらオンラインでいろんな資料が引けたり、PCに『四庫全書』を入れられる世の中だと言っても、当たりをつけるのと、そこから先を調べるのでは、ちょっとした懸隔がある。検索で同じ文字列が引っかかったからと言って、同じ意味とは限らない。

今の悩みは、辞書をどうするかだ。
書庫には大漢和・漢語大詞典・漢語大字典・望月佛教大辞典・仏書解説大辞典などがあって、こっちの部屋には日国もあるのだけれど、辞書を置いて引くスペースが足りない。漢語大詞典のCD-ROMはは、最近日本語Windowsでも動くようになったみたいで、その内、買わないと、なんだけど、今のところは手で引いている。もっともいま扱ってる文献は唐代以前のものが殆どで、分野も偏っているから、辞書が役に立たないことの方が多かったりもする。
書庫には辞書引き用テーブルがあったのだが、だいたいそういうものの上には、入る場所のない本が積み上がっていたりする。やっぱり、辞書引きテーブルの周囲を片付けるところから始めないとダメかな。
空の機嫌を伺いつつ、本の移動をしないとな。

さっきは、『黄氏逸書考』と『玉函山房輯佚書』を漁っていたのだが、久しぶりに開くものだから、かなり埃だらけになった。その下の棚にあった『大広益会玉篇』も抜き出してきた。残念ながら『原本玉篇残卷』には該当個所がない。
あとは『讀書雜志』『經傳釋詞』辺りも拾ってこないとなんだけど、厚くて大きい書物を置いておくのが難しい。昔の『読書雜志』だから、厚いくせに、電話帳同様の平装本なのだ。変な置き方をしておくと、本を毀すので、スペースを確保しないとな。
ちなみにこれは日本史の論文の準備のためである。何を書いてるかは内緒。

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2008-06-18

論文に追われる

学際的研究というと聞こえはいいけど、要は
 なんでも担当
ということだから、ツメに時間が掛かる。
前回ツメられなくて、迷惑を掛けた論文なのだが、やはり最後のツメのところで、座礁しそうになり危ない。とりあえずは危険は回避したのだが、見直すと、どんどん訳が分からなくなるという、有り難くないおまけ付きだ。
軸足をどこに置くかが問題。仏教文献をたくさん使うので、仏教に慣れてない人でも読めるようにしておかないとなあ。
CBETAの切り貼りして、梵本のチェック(自分でも一応訳したけど、訳文は先人のものをお借りする)をして、考古の論文も見て、って、一体何の論文なんだろう。
あとは気合いでまとめないとな。

日付が変わる前に、手を入れだしたら、こんな時間になっていた。ただ今午前5時45分。

なんだか痒いな、と思ったら、左腕を三箇所も蚊に刺されていた。

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2008-05-02

辞書を引く

Apteの梵英辞典を引きつつ、大乗経典を読むのは、かなり間違っているのだが、なぜかMonier-Williamsが行方不明になっているので致し方ない。Monier-WilliamsはRoth-Bohtlingkを縮約した英訳版だとか悪口を言われる辞書だけれども、辞書のボリュームの割には語彙数は多い。何でもかんでも入っている、というのが正しいのかも知れないが、仏典などと言う、正統なSanskritから見るとvulgar以外の何者でもない文献を読むのには便利だ。Edgertonは、当時知られていた仏典から語彙を拾いまくっているけど、依拠したテクストが、たまにマズイ奴があって、訳語に一考の余地があったりもする。卒論を書いてる頃、気がついたから、Edgertonをちょっと一生懸命引いた経験がある人間ならば、誰でも気づく問題だと思う。
ローマナイズされたテクストを、適宜切り(Sanskritはsandhiという音韻変化があり、音韻規則に従って、単語の切り分けと復元をするところから、テクストを読む作業が始まる)、語根を見る。語根を調べていると、耳元で、先生方が授業で必ず尋ねられた
 root(動詞語根)は?
という声がするような気がする。いまでもSanskritの単語を板書をするとき、学生が理解していてもしてなくても、rootを書くクセが残っている。いま勉強しているノートにも、やはり書いてしまう。
昔から辞書を引くのは早くないが、使い慣れた辞書がエライのは、手にするとちゃんと目当ての単語の近くで頁が開くところだ。いわゆる「手に馴染む」状態なのだが、電子辞書では、この感覚はないだろう。vulgarな文献を読んでいる以上、辞書のブラウズというのも大切な作業で、辞書に載ってないからといって、意味が分からないでは、進まない。どうせ相手はヘンテコな訛りのあるSanskritなので、周囲も見て、当たりをつけておく。
進まねえな、としばらく暗澹としていたのだが、よく考えたら、いま訳している経典は、全文訳すと、学部の卒論一本のネタになるわけだから(というのがわたしが在籍した頃の習慣で、4回生は、最低、なにか梵文の仏典を全部通して読み、それで論文を書くことになっていた)、この程度の速度でも問題ないのだ。こんなものを一晩で全部訳せたら、今頃、印度学の勉強を続けていただろう。そこまで才能がなかったから、別な専門を選んでいるわけで、それほど落ち込むこともなかったと気づいた。
ちなみに、卒論に勧められたのは、出来が悪かったので
 そうねえ、短いから、金剛般若経あたりはどうですか
という話だったのだが、結局、PaliのVinayaとちょっとだけPaliと梵文の経典をつまみ食いする形になった。卒論の試問が終わってから、まだ気になるところをせっせとカードに取っていたら
 なんだ、卒論書いた後の方が勉強してるじゃないか
と、散々先輩達に笑われた。卒論は3ヶ月かけて書いたが、体重が10kg落ちた。

夜中に梵英辞典を引いていると、先生方に心配ばかり掛けていた頃のことを思い出す。

おまけ。オンラインでもMonier-Williamsは引ける。
Cologne Digital Sanskrit Dictionaries
検索能力が上がっていて、使いやすくなっていた。
京都ハーバード方式(Harverd-Kyoto convention)のテーブルは以下に。
サンスクリット語の文字と発音(デーバナーガリー文字、梵字、ローマ字がき)

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2008-05-01

国会図書館関西館へ行く(その2)

国会図書館関西館のいいところは
 アジア情報室が充実している
ところだ。しかも空いている。辞書は各言語、大学の専門図書館並に置いてあるし、机は広いし、調べ物をするのは楽だ。だいたい、家にあるのは分かっているのだが、どこにあるのか分からない、Edgertonの"Buddhist Hybrid Sanskrit Grammar & Dictionary"(Grammarがないとabbreviationが分からないという欠陥がある)を探す時間があったら、さっさと国会図書館関西館に出かけた方が早い。お望みならば、Monier-WilliamsやApteの梵英辞典はもちろん、Roth-Bohtlingk の梵独辞典もある。もちろん、梵和もある。試しに上下二卷の梵漢辞典を引いたら、
 梵和辞典の丸パクリ
があって、あああああ、とため息をついた。ま、中国の辞書なんてそんなものだ。序文を読んでないから、わかんないんだけど、ひょっとしたら「梵和を中国語に訳しました」とか書いてあるのかも知れない。もし、書いてなかったら泥棒だ。
今時、国会図書館関西館まで出かけて、梵文仏典を読むような酔狂な人間はあまりいないから、ほぼ辞書は独占状態で仕事ができる。その点、大学だと学生や院生や先生が辞書を引くから、常に手元で見られる訳じゃない。あとは自分の実力だと怪しい部分を補うために、文法書は持っていかないとね。どうせ梵文仏典はvulgarなsanskritなので(悪口じゃなくて、だいたいどの文法書や辞書にもそのように書かれている)、やっぱりEdgertonのGrammarも覗いたりはするけど。(とはいえEdgertonだって古いものだから、アテにならないことも多い)横にPaliの辞書も並んでいるから、ついでに覗くと更に効果があるはず。
Sanskritから遠ざかってかなりの年月が経つのだけど、今読んでるのは経典だから、まだなんとかなる。論書だったらたぶんお手上げ。出来の悪い印度学の学生だったから、Sanskritが読めないのは今に始まったことではない。読める範囲は仏典の一部だけだ。Sanskritに関しては、学部生に毛が生えているかどうかすら謎のレベルだ。Paliの方がまだちょっとマシかな、な感じ。正統のSanskritからすると仏教文献はvulgarな言語のものばかり。中国語でも結局出土文物とか、写本に行ってるから、印度学の頃と指向性は変わってない。vulgarなものから、テクストを作り出した人達の声を聞き取るのが好きなのだ。

途中、気分転換にCNKIを検索して、いくつか論文をダウンロード、プリントアウトした。
今日ゲットした論文はこんな辺り。
 王鳳蘭 敦煌医学資料研究概況 2003/1 出土文献雑誌
 馬継興 全国各地出土的秦漢以前医薬文化資源(続一) 2002/4 中医文献雑誌
 馬継興 全国各地出土的秦漢以前医薬文化資源(続二) 2003/1 中医文献雑誌
 馬継興 全国各地出土的秦漢以前医薬文化資源(続三) 2003/2 中医文献雑誌
 馬継興 全国各地出土的秦漢以前医薬文化資源(続四) 2003/3 中医文献雑誌
 馬継興 全国各地出土的秦漢以前医薬文化資源(続完) 2003/4 中医文献雑誌
 馬継興 《桐君採薬録》的著者"桐君" 2005/2 中医文献雑誌
 馬継興 《桐君採薬録》考察 2005/3 中医文献雑誌
 彭馨 敦煌手抄医薬巻子文字弁認方法例釈 2007 8-3 長沙鉄道学院学報
一つ論文を検索すると
 お奨めの10点
とか
 関連する論文
とかがずらずら出てきて、便利。PDFをダウンロードして眺めて、気に入ったら、プリントアウトして1枚21円を支払うシステム。
問題は雑誌によってPDFの出来が良くないことで、せっかく印刷しても、何が書いてあるのか読みにくいのがある。

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2008-04-22

国立国会図書館関西館へ行く

東京の国立国会図書館には何度か行った。資料にすぐにたどり着けず、あまり良い思い出がない。

国立国会図書館関西館は、関西文化学術研究都市(愛称 けいはんな都市)にある。京都府相楽郡精華町という、たぶん京都府以外の人はあんまり知らないところだ。民間主導の学研都市というのが「けいはんな」の売りだったのだが、バブルがはじけ、関西の地盤沈下が進む中では、事業としてうまくいっているようには思えない。
もっとも、
 東京本館からあふれ出た蔵書を収蔵する
という目的には、この関西学研都市の国立国会図書館関西館は非常に向いている。広々とした立地で、まだ余裕はありそうだ。

国立国会図書館関西館は、すべての作業を電子化している。
入館時に住所・氏名・生年月日・電話を発行機に入力して、テンポラリの電子カードを受け取り、それを使って
 文献検索・電子ジャーナル印刷・閲覧用貸出(基本的に国立国会図書館は図書館の図書館という位置づけなので、本を外に借り出せるのは外部図書館)・複写申込(セルフコピー・即日コピーなど)
等々のサービスを行うのだ。書庫内蔵書閲覧の場合、本が出てきたかどうかは、端末からも確認できるし、館内にそのための表示ディスプレイもある。病院の薬待ちとよく似たシステムになっている。

この国立国会図書館関西館の特徴は
 アジア情報室
にある。なんと言っても、中国学の電子ジャーナルサービスである
 中国学術情報データベース (CNKI:China National Knowledge Infrastructure)
がフルで使えるのだ。京大でもCNKIは使えるのだが、残念ながら文系の文献のみに限定されていて、中国科学史などの論文は読むことはできない。今回は、中国医学の雑誌検索と論文のダウンロード、印刷が主目的だった。
さすがに平日の午後は空いていて、CNKI端末の前には人はいない。あっという間に目的の文献をダウンロードして、複写受付窓口で、1枚につき税込み21円を支払って受け取った。この間約10分。
次に、この間森ノ宮医療学園専門学校で見ることができなかった『日本医史学雑誌』の該当部分を探す。まず、貸出受付用端末で、必要な資料を検索、出庫依頼を端末で掛けると、約10分後に、カウンターに頼んだ資料が出てくる。これを複写するには、複写申込用端末で、必要事項を入力し、セルフコピーか図書館の人にやって貰うかを選ぶなどすると、複写申込用紙が出てくる。これに必要事項を書き入れて、複写カウンターに持っていくと、コピーできるのである。セルフコピーの方が安いけど、
 A4/B4は14.7円、A3は29.4円
となるので注意。A版にコピーを揃え、必ず拡大するので、A3でコピーしたらちょっと高く付いた。ま、必要な個所は短かったから良かったんだけど。
複写申込は17時までのよう。

何度も利用するのと、郵送でのコピー申込がインターネットでできるので、
 利用者登録
をした。申込用紙はサイトからダウンロードできるので、記入して持参した。他に身分を証明できるものが必要になる。即日カードが発行された。今日は混んでなかったので約15分で登録カードゲット。

また、関西館では
 東京本館や国際こども図書館の蔵書を関西館内で閲覧したり複写できるサービス
があるので、早速、東京本館にある仏教書を取り寄せた。閲覧できるのは3日間で、休館日は含まれない。複写は、セルフは不可で、図書館の人にやって貰うちょっと割高なコピーになる。資料到着は最短で申し込みした日の3日後だが、都合で後ろに延ばして貰える。

奈良からだと、JR奈良もしくは近鉄奈良から、JRなら祝園、近鉄なら新祝園下車。祝園駅の西側にバス停があり、「国会図書館前」で下りる。バスは大体1時間に5本前後あるのだが、問題は電車。イナカの電車ダイヤで、JRだと1時間に2本。

お腹が空いたら、館外に出ると、大通りを挟んだ向かいに
 くら寿司・サイゼリア・ジョイフルなどの安いファミレスとミニストップ
があるので、食事には困らないと思う。

館内の動線だが、あまりよろしくない。
中の人も
 ここは建築家の先生のご希望通りに建てたんで、ちょっとわたしたちでも使いにくいんですよ〜
と言っていた。いや〜、広いのはいいんだけど、これはないだろという配置で頭を抱える。
たぶん、光熱費も凄く掛かるんじゃないかと思いますね。綺麗な図書館なんだけどさ。メンテの費用がかなり必要だろうなあ。

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2008-04-21

杏雨書屋開館30周年記念展示会と講演会@4/19

よいものを見た。
武田製薬の中にある
 杏雨書屋開館30周年記念展示会
は昨日が最終日だった。

杏雨書屋入り口。
Kus1
建物の前には、杏を始めとする薬用植物が植えられている。

杏雨書屋の礎を築いた武田家第六代武田長兵衛生誕100年記念で植えられた杏。
Kus2
隣は、今年杏雨書屋開館30周年を記念して植えられたばかりの杏。

杏の根元にある標識。
Kus3
それを拡大したもの。
Kus5

最終日はよく晴れていた。
16:00終了なので、15時頃到着。
さすがに、15:30を過ぎると、他の観覧者はいなくなり、貸し切り状態になった。
心ゆくまで、単眼鏡を通して、
 国宝・唐鈔本『説文解字』木部残巻
を拝見した。調査のために唐鈔本『説文解字』を見せてもらえるほどエラくないので、次はいつ実見できるか分からない。木部のこの部分は、以前に読んだ個所だから、中味はなんとなく頭に入っているが、改めて唐鈔本の実物を目にすると、そのすばらしさに圧倒される。きりっとした細い線が、美しい。そして、ガラス越しに見る料紙の質感がすごい。わたしは現物至上主義ではないのだが、さすがに、『説文解字』研究者であるならば、一度はこの唐鈔本『説文解字』は実物を見ておいた方がいいだろうな、と思う。わたしは『説文解字』は読むけれども、専門じゃないから、そこまではしないけれども、こうした千載一遇の機会に拝見するだけでも幸せである。
漢代研究者としては、その下に展示されていた二点の国宝
 南宋刊本『毛詩正義』
 北宋刊本『史記集解』(単刻本)
など貴重な典籍をじっくりこの目で眺められたのが楽しかった。仏教関係では
 『性霊集』(重文)
 『聖徳太子伝暦』(重文)
 『薬種抄』(重文)
 『香要抄』(重文)
 『穀類抄』(重文)
 『香字抄』(重文)
などが出ていて、多分次はないだろうな、と思いながら、短い時間だが楽しく拝見した。
また
 『宝要抄』
には、最初に梵字で
 ratna(=宝)
と書いてあるのが、結構ツボにはまった。

本草関係では、原色で描かれた動植物の図が美しいものが、幾つも展示されていて、それだけでも、目の保養になった。

武田製薬は太っ腹で、この展示の図録を、カラー印刷で作り、観覧者に無料で配布していた。このカラー印刷がよくできていて、タダで貰ってきたのが、申し訳ないほどのカタログなのである。

前日、4/19には記念講演会が開かれた。

開会の挨拶をする吉川忠夫先生。
Yskw
この4月から杏雨書屋館長になられた由。

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2008-04-16

『日本医史学雑誌』を求めて

大阪の森ノ宮医療学園専門学校には
 日本医史学雑誌が全部揃っている
という話を聞いたので、行ってきた。

東洋医学の授業がある専門学校だから、たしかにオリエント出版の影印シリーズはそこらにあるし、あんまり込んでもいないので、図書室は使いやすいのだけれど、肝心の『日本医学史雑誌』は、
 森ノ宮医療専門学校にも森ノ宮医療大学にもありません
と司書兼務の方ににべもなく断られた。そもそも
 閉架の図書は外部の人間には閲覧不可
だそうだ。製本雑誌の閲覧が出来ないのじゃ、交通費を掛けて行く意味が半減してしまうな。うちからだと片道750円かかる。近鉄奈良から乗り換え1回で行けるのは便利なんだが。

森ノ宮医療学園専門学校は、夜間コースがあるおかげで、
 21:30まで図書室が開いている
というのが魅力ではあるんだが。

しょうがないので、意を決して、国立国会図書館関西館に行こうか。一応、『日本医史学雑誌』の所蔵は確認した。
国立国会図書館関西館は、非常に行きにくい場所にあるんだよな。
車がないと不便、という立地。車じゃなければバス。当然、免許を持ってないわたしはバスで行くしかない。

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2008-04-15

杏雨書屋開館30周年記念展示会 4/14-4/20

武田製薬が出資している
 武田科学振興財団

 杏雨書屋開館30周年記念展示会
を昨日から開いている。


杏雨書屋開館30周年記念展示会

期 間:2008 年 4 月14 日~4 月17 日 国宝、重要文化財はレプリカの展示
   4 月18 日~4 月20 日 国宝、重要文化財は実物の展示
場 所:杏雨書屋2 階展示室
開館時間:9 時~16 時
展 示:杏雨書屋の国宝、重要文化財
杏雨書屋所蔵の国宝3 点、重要文化財10 点を始め、歴史的に価値の高い所蔵物を一挙公開いたします。
〒532-8686 大阪市淀川区十三本町2-17-85
武田科学振興財団・杏雨書屋
杏雨書屋への行き方
TEL:06-6300-6815 FAX :06-6300-6034

杏雨書屋の所蔵する国宝・重要文化財のリストは次の通り。


主な収蔵品

[国 宝]
 説文解字木部残巻   1巻
 毛詩正義      17冊
 史記集解      11冊

[重要文化財]
 薬種抄      2巻
 香要抄       2巻
 穀類抄       1巻
 香字抄      1巻
 古文孝経      1巻
 春秋経伝集解    4巻
 遍照発揮性集   7巻
 聖徳太子伝暦    6冊
 春 記      3巻
 実躬卿記 51巻

というラインナップだ。
実に短い期間の展示なので、気合いを入れて是非。
見に行くなら、実物が展示される4/18-4/20がお奨め。今電話して確認したが
 雨天でも国宝の展示はある
そうだ。以前、恩師が雨の日に写本調査に行ったら『説文解字』を見られなかったと仰っていたが、展示だからか、大丈夫とのこと。

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2008-03-16

間違った訳注を直す手間

jun-jun1965さんの「猫を償うに猫をもってせよ」の記事
2008-03-16 三年酢?
から、飛んでくる方が多いので、上記記事にコメントを入れようと思ったら、コメントは受け付けない設定のようなので、こちらに書いておく。

間違った訳注がある場合、直す手間はもの凄くかかる。実に非生産的な作業だ。一部分が間違っているのであればよいのだが、槙佐知子訳『医心方』の間違っている部分はそんな生やさしい数ではない。
じゃ、どうするかというと、見ない、使わないということになる。
昨年夏の研究班で槙佐知子訳を見てみた理由は
 どの程度使えるかを検証してみる
という目的もあったと思うのだが、結論は、複数の研究者で行っている会読でも、これは直すのはしんどそうだ、ということだった。もちろん、槙佐知子訳の訳文には良い訳もあるのだが、中国文献学の基本的な部分がダメというのでは、わたしとしては使う気が失せるのである。
『医心方』は日本の書物だが、その中に引用されている医学書のほとんどは、中国・朝鮮半島から伝来したものであり、中国文献学の基本的な操作が必要である。そのための修練を積む必要があるのだが、そこがすっ飛ばされているのは、不思議で堪らない。学部三回生が半年〜1年間の実習で身につける技術であり、そうした技術を無視するという辺りに、不信感を抱く。もし、身につけたければ、中国古典学を扱っている大学で一年間聴講生として、そうした科目を履修すればいいのだ。特殊だが必要な技術は、自習ではなかなか身につかない。だいたい、中国学の三回生は、後から考えると顔から火が出るような間違いを山ほど犯して、一人前になっていく。

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2007-12-18

オンライン梵語辞典

いや、単にわたしが寝ぼけていただけなのですが。

英梵辞典を引かなくてはいけなくなったが、手持ちにない。
まさかな〜と思いながら、ググったら、世の中は便利だな。あるのよね。
Cologne Digital Sanskrit Dictionaries

ドイツ人エライ!
手元にあるMonier-WilliamsもApteもオンライン辞書になっている。
でも、なぜか梵英は、手で引いた方が早いので、使うのは英梵だけ。

このサイトが更にエライのは
 デジタイズされてないけど、PDFで辞書イメージを提供
している点だ。
その昔、高くて買えなかった
 Boehtlingk's Sanskrit-German Dictionary
があって、泣ける。どの印度学の研究室にも最低1セットは置いてある、あのデカい梵独辞典である。
もちろん、他にも
 Monier Williams Dictionary (pdf — img)
 Apte English-Sanskrit Dictionary (pdf — img)
 MacDonell Sanskrit-English Dictionary (img)
 Wilson Sanskrit-English Dictionary ( img)
と揃っているから、引こうと思えば、ちょっと時間は掛かるけど、イメージから辞書を引くことはできる。
Monier-WilliamsはBoehtlingkのパクリかつ簡約版だという話を昔聞いたけど、どうなんだろうな。
読んでいるのは、仏典なので、ほんとうはFranklin Edgertonの
 Buddhist Hybrid Sanskrit Dictionary
で引かないといけないんだけど、たぶん倉庫の中だ。BHSDもBHSGも持っているのに使えないとは情けないのだが、昔BHSDで今読んでる経典の語彙を引いたことがあって、その時は
 現物返し
というのを確認してるから、ま、なくてもあまり困らないとはいえる。ちなみにBHSDもBHSGも、インド製本のを持っていたので、紙が悪く、生協から研究室に持ってきて、机の上に置いておいたら、当時の助手さんに
 ああ、牛糞の臭いがする
なんて、指摘されたのを覚えている。軽いのだけが取り柄だ。
生協で注文したら、洋書は丸善通しで、全然卒論に間に合わなくて、提出してから届いた、腹立たしい思い出の残る辞書と文法書である。卒論のためには、辞書がなくてかわいそうに思ってくれた哲閲のおねえさんが、複数セットあったBHSDとBHSGを貸してくれた。

今回の件は、
 何でも書いてあって、今一信用できない辞書
などと揶揄されていたMonier-Williamsがあるから、なんとかなるって話で、別に校訂しているわけでもなく、パラレルなフレーズを拾ってるだけで、正確性はそれほど要求されてない。
もう何年もサンスクリットを読んでないから、横にWhitneyの"Sanskrit Grammar"を置いて、格変化や活用を確認しながら読まないといけないのが情けないけど、経典だから、そんなにとんでもない形が出てくる訳じゃないし、いいや。ちなみに、Whitneyの文法書の初版は
 1879年
だ。使っているのは第五版で、元はライプツィヒで1924年に出ている。当然、そんな高い本を使っているわけがなく、手元にあるのはインドリプリントで、Motilalから出ている分だ。確か、研究室で誰かがインドに本を注文するから、ついでにお願いして買った分だと思う。
なんでまたWhitneyなんか見てるかというと
 辻直四郎の『サンスクリット文法』
が、勉強部屋の腐海に沈んでしまったので、しょうがなく書庫から持ち出してきた。鎧さんの作ったIndexは見えるところにあるのに、本体がないという間抜けな状態だ。
あと、いま腐海に沈んでいて困っているのが
 高田真治・後藤基巳『易経』岩波文庫
だ。2セット買っておいた筈なんだけど、どっちも行方不明。

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2007-12-08

「日本に比べて文献史料が豊富な韓国」って古代に関しての話? 毎日新聞奈良支局の大森顕浩記者に是非お尋ねしたい

毎日新聞奈良支局が、こないだの木簡学会で取材に来てたようなんだけど、いつも古代史の記事を担当している大森顕浩記者が、こんなことを書いている。(毎日新聞奈良支局の古代史担当は、大森記者とあの「大淀病院産婦死亡事例」第一報を青木絵美記者と連名で書いた林由紀子記者)


鹿笛:先日開かれた木簡学会で… /奈良

 先日開かれた木簡学会で、韓国木簡学会の会長が講演した。韓国木簡学会は、今年1月の結成で、会員は約50人。韓国で確認されている木簡は約20カ所の遺跡から計300余点だ。

 日本に比べて文献史料が豊富な朝鮮半島で、木簡がもっと出ていてもいい気がする。韓国内では、木簡が少ないのは朝鮮半島の地質のためと悲観的な考えもあったという。しかし80年代の発掘調査の増大で木簡出土が続き、今後も各地の山城の発掘で出土が期待されている。

 「木簡を通じた日本、韓国、中国の文化交流を期待する」という会長の締めくくりの言葉に、会場から大きな拍手が上がっていたのもうなずける。(大森)

毎日新聞 2007年12月7日

あの〜
 三国時代以前の朝鮮古代史史料について「豊富」だというのなら間違い
だと思いますが。
朝鮮古代史研究の困難は、まさにこの
 古代の同時代文献史料が乏しい
ところに問題がある。
朝鮮古代史を記した『三国史記』『三国遺事』のいずれも、
 12-13世紀の成立
である。よほど
 『日本書紀』の朝鮮半島に関する記述の方が古い
のである。もっと言えば
 『源氏物語』の原撰時期(通説では1001年頃などといわれている 追記18:50 来年は「源氏物語千年紀」というイベントがあるが、その説では1008年の『紫式部日記』の記述を根拠に「源氏物語」の存在が確認されたとする)の方が『三国史記』や『三国遺事』より古い
のである。日本の史書で言えば
 『大鏡』の方が、1145年成立といわれる『三国史記』より古い
筈だ。
書いてある中身が古いということは、史料の成立が古いことを保証しない。そんなことが通用するなら
 いくらでも遡って偽史を作ることが出来る
ではないか。
だからこそ、朝鮮古代史の研究をする場合は
 『日本書紀』などの日本の文献や、当然ながら中国の史書を参考にして再構築しなければならない
んじゃないの?

いったい、古代の木簡を多く扱う木簡学会で、韓国木簡の出土年代に関しても、古代に属するものの話だったというのに、それを紹介する記事が指し示す
 文献史料が豊富
というのは、普通に考えて
 韓国で古代に書かれた朝鮮史の古代文献史料が豊富
と読むべきだと思うのだが、そう言い切る根拠はどこにあるのか知りたい。古代史に関して、新たに
 朝鮮半島の古代人の手になる確かな古代文献史料が出てきた
という話はわたしが勉強不足でまだ知らないので、是非、大森記者にはご教示いただきたい。

まあ、大森記者は、時々現場で見かけるけど、古代史の取材が気に入っているようには見えないからな〜。
今回の韓国木簡学会の設立が重要なのは
 文献史料が乏しく、従来知られなかった古代朝鮮史の記録が木簡の形である程度の数まとまって出土しており、それを利用して歴史の再構築ができる
という点に尽きる。そこをすっとばして
 文献史料が豊富
というのならば、最初から、韓国の先生の話をちゃんと聞いてなかったってことじゃないのか。会場で、わたしも同じ話を拝聴していたけど、そんな話じゃなかったはずだけどな。

それとも
 紋切り型の日韓友好を謳ったり、韓国のことをホメておけば、毎日新聞の主張とも合うし、井上支局長にもホメられる
とかという打算で書いた記事なのかしらね。これこそ、毎日新聞の大嫌いな
 歴史の歪曲
の筈なんですが。

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2007-12-04

論文を書く

木簡学会で、鈴木靖民先生に
 あなたの論文をこないだ書いた本に引用しましたよ
と声を掛けていただいた。自治体の道路工事に伴う緊急発掘で出てきた木簡についての論文で、埋文センターの出した報告書に掲載されているので、今となっては入手が難しいものなのだが、そうおっしゃっていただくと、実にありがたい。時々、コピーを求められることがあるのだけれども、さすがに筆者であるわたしの手元にも、抜き刷りの方は在庫が尽きてきた。報告書はほとんど残部がない。

今年の夏の酷暑で、すっかり内臓をやられてしまい、長い論文を書けなかった。
今回は今年末締切のものが一本あるので、鋭意準備中なのだが、風邪のせいで、なかなか文献を取りに行けない。内臓をやられると、こういうときに回復が遅くて困る。
奈文研と京大に行けば、だいたい用事が済むはずだが、週に何日も寝込んだりしている上に、学会シーズンだから、体力の配分が難しい。9月に1つ、11月に1つ、土日の木簡学会と、月に1回くらい学会に出ている。1回学会に行くと、消耗がひどくて、1週間は使い物にならない状態なので、結局、実働時間が限られる。ま〜、誰も助けてくれる訳じゃないので、泣いても喚いても、論文は書かなければならない。
案外、外でばたばたしてる方が、元気なんだけどな。
目眩は大分マシになった。
あとは気合いだな。

風邪が長引いて、肩と背中が重い。息も切れる。
売薬でごまかしてないで、病院に行かないと、いけませんかね、これは。
肺活量はある方なので、この二日ほど、ちょっと動くと息が切れるのには驚いた。咳が出ているわけでもないし、一体なんだろな。最近の風邪はいろんなタイプがあって、しかもタチが悪いらしいが。

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2007-12-02

木簡学会一日目@12/1

珍しく、木簡学会の発表が新聞で取り上げられている。
産経より。


和歌専用の長い木簡使用か 各地で出土の木簡を調査し判明 大阪市大教授が新説
2007.12.1 21:27

平城宮跡で出土した和歌の木簡。もとの長さは通常の数倍の長さだったと推察された=奈良市の奈良文化財研究所

 古代人は、通常よりも数倍長い専用木簡に和歌をしたため、儀式で朗々と詠み上げた-。そんな新説を、大阪市立大大学院の栄原(さかえはら)永遠男(とわお)教授(古代史)が1日、奈良市の奈良文化財研究所で始まった木簡学会の第29回研究集会で発表した。栄原教授は「歌会などで用いたのでは」と推察しており、独特の木簡の形態に迫る報告として注目される。
 栄原教授は、全国各地で出土した和歌が記された木簡を調査。荷札や役所の文書が記された一般的な木簡には十数センチ程度のものも多いのに対し、和歌が記された木簡は数倍長いものが目立った。
 「皮留久佐乃(はるくさの)皮斯米之刀斯(はじめのとし)」と記された難波宮跡(大阪市)出土の7世紀中ごろの木簡は、長さ18・5センチで途中で折れていた。栄原教授は、1首31文字が1行に書かれていたと仮定し、もとの木簡は文字部分だけで推定49センチ、余白を含めた全体はさらに長かったと推測している。
 また「目毛美須流…」で始まる平城宮跡(奈良市)出土の8世紀後半の木簡は長さ58・5センチだったが、同様にもとの木簡は文字部分だけで74センチだったと推測。裏には目盛りが残っており、物さしだったものが転用されたと考えられるという。こうした歌専用の木簡は「難波津の歌」が書かれたものなど約十点を確認。多くは通常の木簡の数倍の長さだったという。
 栄原教授は「フォーマルな場に長大な木簡を持っていき、唱和したり単独で読んだりしたのではないか」と推測。木簡学会に出席した犬飼隆・愛知県立大教授(言語学)は、この説について「公式の場で歌うために使われた専用木簡があったという指摘は画期的だ」と評価している。

実は、この新聞に写真が掲載されている木簡について、昨日、展示室で犬飼先生と議論をしていたところで、今日午後の質問タイムにまとめて質問の予定。ついでに資料も配付しようっと。(なんか最近、よく、木簡学会でボランティアで配付資料作ってるな)
栄原先生は、7月の「美夫君志会」(万葉集専門の名古屋の学会)で、この長い「和歌木簡」について発表されたが、昨日の発表では、更に発展した考察を述べられているというのが、「美夫君志会」に出席された犬飼先生から伺った話。栄原先生は、純粋に
 文物としての木簡
というアプローチ。
 和歌の中身は専門家にお願いします
ということだった。
犬飼先生は、万葉学者として、同時代の和歌という観点で考察されている。
ただ、この「物差し転用(というのが栄原説)木簡」については、記された和歌の内容、筆跡、物差しとの関係など、議論の余地がまだあるので、たぶん、今日の質疑応答タイムのメイン題目の一つになるのではないかと思う。
犬飼先生は、この「和歌木簡」について、すでに論文をお書きだとのことなので、刊行が待たれる。

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2007-11-28

湯浅邦弘『戦いの神』研文出版

なぜかamazonに在庫がない模様。
阪大中哲の湯浅邦弘先生の新刊。後書きを読むと
 博論出版時に割愛した部分に加筆したもの
ということだ。ジュンク堂の内容紹介から。


第1部は、中国古代の戦争神「蚩尤」像の変容を追いながら、古代中国における戦争観・平和観の特質について考究する。神話伝説資料を網羅的に検討するほか、新出資料の馬王堆漢墓帛書『十六経』も取り上げる。第2部では中国的文武観について、第3部は唐宋時代の主要兵書について考察。

ちょうど楽天のポイントが1000ポイントくらいあったので、楽天から購入。
まだ全部には目を通してないのだが
1. 蚩尤の形成と変容
2. 兵書の内容
に興味があったので、入手した。そもそも
 陰陽五行思想と兵書は切っても切れない関係
がある。『五行大義』を読んでいる以上、兵書にも目配りしておかないとね。あと
 蚩尤の形成と変容
は、文献学的に跡づけると、結構大変。そもそも、依拠すべき文献の出自(原撰は古い時代のモノでも、中国の書物故、いつの時代から改変されているかとか、気をつけないといけないことは多い)を睨みつつ、画像資料もある蚩尤をどう定義づけるかっていうのは、力業が必要。
卒論・修論でも、蚩尤のことは調べた(というか前漢の辞賦を読んでいれば、蚩尤は当然出てくる)けれども、諸説紛々として、定めがたいという印象がある。(その頃はインターネットだの電子化された『四庫全書』だのという便利なツールはなかったから、ひたすら本をめくって調べた)だいたい、
 各論併記
だもんな。
湯浅先生が、それらの資料をどう収束させて蚩尤像をまとめられたか、それをこれから拝読する予定。

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2007-11-18

風邪気味

気力が涌かない。こう言うときは、まず風邪の初期症状だ。

昨日、京都の研究会に出て行ったのだが、学会で
 調子が良ければ行きます
と宣言したとおり、半病人モードで出席。行くときは少し暑かったので汗をかき、会場がちょっと涼しかったので軽い寒気。6時過ぎに終わったとたんに、ダッシュして1時間弱で奈良まで戻ってきたけど、やっぱりヘタリ気味だ。
軽く汗を流してから、おとなしく寝ているのだが、風邪引くか、引かずになんとか保つかの間くらいの体調。
疲れも溜まっていること故、栄養を取って、休息するに如かず、か。

玲舫さんのレシピを援用して
木犀肉片
でも作るかな。身体を温めて、栄養を取るのが一番だろうな。
冷蔵庫には、木耳は戻して入れてある。あとは、青菜と豚肉の処理。ご飯も炊かなくちゃ。

年末までに1本論文提出が決まったので、そうそう寝込んでもいられない。風邪を引くと、目が使えなくなるので、仕事が止まるし、外に出られないと、本を探しに行けない。
論文を上げるとなると、文献の再チェックに京都や奈文研に出かけないといけないからなあ。ご近所の奈文研で大体済んでくれるといいのだけど、奈文研にある本は京大になかったり、その逆だったりして、結局、どちらにも行く必要がある。「文献と考古学的事実の突き合わせ」なんて、当たり前のことだと思ってたら、きっちり文献が揃ってることはなくて、半分くらいは学際的になっちゃうのは何故だろう。今回は扱う範囲が
 美術史(中国・日本)・庭園史(東アジア・インド)・考古学(東アジア・インド)・中国古典文献学・印度文献学(要梵文)・仏教学
の間なので、ピンポイントの文献がなかなかない。知り合いに助けていただかないと、入手困難な論文もあったりして、苦労する。
日本の中世以降の状況については、富山にいる絵巻物が専門の友達が助けてくれた。教養時代からの付き合い、L4の同級生だが、持つべきものはやはり友だ。ただ、教えてもらった書物が手元にないので、これまた探しに行かなくては。

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2007-08-05

槙佐知子訳『医心方』の問題点 「果敢な挑戦」ではあるが、学術論文にそのまま引用できない水準 出版元である筑摩書房の担当編集者は怠慢の極み

2007-07-31 虎なんていないのに@医心方巻十八
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2007/07/post_b529.html
で、毎年現代語訳が筑摩から出ている
 槙佐知子訳『医心方』
が、
 なぜ大学図書館に入ってないのか
と疑問を呈したが、昨日の『医心方』研究班で、槙佐知子訳の極一部を見る機会があり、内容の検討がなされ、その理由がだいたいわかった。
1. 槙氏が医学や中国学の専門家ではないために、訳注の付け方や写本の校訂の仕方が恣意的で、典拠不明の文言があり、細かい誤りが多い
2. 誤りが多いだけでなく、明らかに校正不足
3. 槙佐知子訳は、学術論文に於いては、そのまま引用してはいけない水準
こういうわけで
 高価な書籍だが、そのままでは到底使えない「専門書の現代語訳」
なのだ。もし、槙佐知子訳『医心方』を学術論文で使うのであれば
 自分で『医心方』原文に従って、補訂した上で使う
のが、正しい。
 現代語があるから便利
とばかりに、そのまま引用すると
 誤りの上に、誤りを重ねる
ことになるだろう。

しかし、
 筑摩は、編集業務において、手を抜いている
としか思えない。一体、編集者は何をしているのか。少なくとも
 中国学に造詣のある編集者が担当しているとは思えない
のである。だいたい
 『唐書芸分略』
などという杜撰きわまりない訳注がつくのを放置しているのは、怠慢以外の何者でもない。一体、
 編集者は校正チェックを入れているのか
と思う。ちょっと説明すると、『唐書』と呼ばれる史書は
 『旧唐書』と『新唐書』の二種類
あり、どちらも書籍に関する解説目録を持っているが名称が違う。
 『旧唐書』は「経籍志」
であり,
 『新唐書』は「芸文志」
である。また
 芸分略
という不思議な名称は、恐らく
 南宋・鄭樵の 『通志』の「芸文略」
と混同した物だろう。つまり
 『唐書芸分略』
などという書物は存在しないのである。これは
 国立大学の中国の古典を扱う学科であれば、三回生で習得する水準の文献学的知識
である。ちなみに
 新旧二種類の正史があるのは『唐書』と『五代史』
であり
 引用するときは『旧唐書』『新唐書』『旧五代史』『新五代史』と新旧の別を明らかにするのが最低のルール
だ。
薬物名においても、植物では典拠不明の和名が載っており、甚だしい場合は
 植物の科名が間違っている
場合すらある。たった10数頁をみただけだが、
 有毒植物を薬用植物と混同している例
もあるのだ。

『医心方』の個人訳というのは、尊い仕事ではあるのだが
 もし、間違った処方を世に出した場合、それを使用した人が中毒などの被害を受ける
ことは、考慮されているのだろうか。
最近は、
 エコの流行
もあり、
 伝統医学の見直し
の機運もある。それはいいのだが
 『医心方』の現代語訳で処方部分の植物名に明らかな誤りがあり、人体に有害な場合もある
とすると、これはダメだろう。

少なくとも、筑摩書房と筑摩の担当編集者は
 読んだ人が、訳注に従って、「有毒でない」と思われる処方を実験する
ということも考えてほしい。少数の専門家が使う書籍だから、そうした間違いは放置しても大丈夫とタカをくくっているのだとしたら
 出版社としての見識を疑う
のだ。
 公刊された以上、誰もがアクセスできる公共図書館には収蔵されている可能性がある
のだ。
今は夏休みだ。もし
 小〜高校生が夏休みの自由研究で、図書館で借りた槙佐知子訳『医心方』に従って、処方を実験する
なんてことがあって、それが
 比較的入手が容易な有毒植物(庭木になるような植物にも有毒植物はある)を、「薬用植物」と間違って「処方」しているものにトライする
と、死に至ることはないにせよ、いいことはないだろう。

出版社は、自らの出版物にもっと責任を持ってもらいたい。恐らく、槙佐知子訳『医心方』に関しては、膨大な正誤表が必要になると思う。

しかし、筑摩書房って
 吉川幸次郎全集
を出してる出版社なんだよな。比較的中国古典には強い出版社だったはずなのだ。
その筑摩でこのていたらく。
しかも
 筑摩から出ている、高価な学術書
だから、普通は
 信頼に足る、すばらしい内容
だと思うわけで、二重の意味でショックだった。
大丈夫か、筑摩。

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2007-08-01

産婦の脳出血@医心方巻二三

大淀病院産婦死亡事例は、出産中の産婦さんが脳内出血を起こし亡くなられた、不幸で稀な事例だった。合掌。

ところで、MRIもCTもなければ開頭手術もできない、平安時代、安倍晴明の活躍したのとほぼ同時代に成立した日本最古の医学書である丹波康頼『医心方』巻二三には
 出産の際に脳出血を起こした産婦さんの治療法
というのが載っている。(ちなみに『医心方』巻二一〜二四は、産婦人科に充てられている。)
こんなの。
 第二七 治産後中風口噤方(産後に中風となり口がきけなくなる症状の治療法)
この時代は脳出血という概念はないから、すべて
 中風=風に中(あた)る
ということになる。
産婦の脳出血は知られていたようで、以下中国の医書から
 小品方二条
 葛氏方一条
 千金方一条
 録験方一条
 僧深方一条
 博済方一条
 産経一条
と合計八つの治療法が引用列挙されている。治療法といっても、
 服薬による対症療法のみ
で、果たしてどれだけ効果があったのかはわからないけれども
 産後の脳出血
にこれだけ治療法があるということは、それだけ知られた症状だった、ということだ。

ちなみに、巻二五は小児科の巻だがここにも
 第五十 治小児口噤方
があり、脳出血もしくは脳性麻痺で口を開かない乳幼児の治療法が書かれている。書いてある処方は
 雀の糞を麻の実くらいのくらいに丸めた物を呑ませる
 鹿の角と大豆とを粉状にしたものを乳房に塗って呑ませる
というもので、効果はなさそうだけど。二つ目の処方は「乳房に塗る」ということだから、赤ちゃんの脳出血や脳性麻痺を想定しているのではないかと思う。

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2007-07-31

東北大学薬学部の漢方の講座がなくなっていた

NIIで引くと、日本の大学では、
 東北大学医学系
のみに収蔵されている
 中國中醫基礎醫學雑誌 2004/10
を探し求めているのだが、昨日は医学分館に
 ありません
と断られた。かくなる上は
 薬学部の図書館かな
と電話をしたら
 薬学部の漢方の講座は廃止されて先生もいなくなった
とのこと。げげっ、それで
 2005年までしか、中國中醫基礎醫學雜誌のNII登録予約
がないのか。
日本中の大学で、NIIで引っかかってくる限りにおいては、東北大学にしかない。
司書の方が親切で、
 可能な限り探してみます
と協力してくださるとのことで、ちょっとほっとした。
もし、東北大学でアウトだと、あとは
 中国医学史研究者の個人蔵書
を尋ね回るしかないんだけどな。どうしても必要な文献なので、ちょっと今は頭を抱えている状態。
どうか東北大学薬学部旧漢方講座の蔵書にありますように。

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虎なんていないのに@医心方巻十八

ひたすら『医心方』各巻の細目を手で入れている。手元にあるのは半井家の写本を江戸時代に翻刻したものの影印版だからOCRが使えない。 翻刻の詳しい話は森鴎外『澁江抽齋』を読んでくださいね。
ま、手で入れると覚えるからいいけど。
いま片付けた巻十八というのは
 いろんな動物や昆虫に咬まれたり刺されたりしたときの治療法
が載っている箇所。
日本に虎なんていないんだけど
 虎に咬まれたときの治療法
なんて項目がある。おい、丹波康頼、ちょっと聞きたいんだが、
 見栄で入れたのか?
あとヘンなのは
 蚯蚓に咬まれたときの治療法
とか
 井戸や古墓の毒に当たったときの治療法(井戸は分かるが墓の毒って、墓泥棒でもしてるのか?)
とか
 熊に咬まれたときの治療法
も、当然ある。いずれも遭遇したくない。
 蛇に巻き付かれたときの治療法
という、あまり考えたくない状況にも、きちんと対策がある。

この巻の前半は、刀傷や矢傷の治療法が列挙されているのだが
 刀傷を負って、エッチしたら、急に大量出血しちゃったときの治療法
なんて
 英雄色を好む
というか
 おい、ちょっと待て
というか、何とも不思議な状況の治療法も記されている。

まあ、古代の人たちの
 分類法
って、よくわからん基準だから、適宜突っ込みを入れながら入力していくことになる。ちなみに、この巻の最後は
 蠱毒を避ける方法
だ。蠱の呪いなんて、掛けられるとイヤですが。

論文が仕上がって暇になったら、こうした変な治療法を紹介していこうかな。
巻十八に関しては槙佐知子さんの現代語訳があるのだが、滅茶苦茶高価な上に、大学図書館には所蔵がない。筑摩が出してるんだけど、大学図書館が入れてないって事は、値段の問題なのか、訳の精度の問題なのか。NIIで引っかかってこないからなあ。国立国会図書館にはさすがにあるけど。
槙佐知子訳『医心方』は現在までに全30巻の内の23巻分が出ている。一冊18000円前後だから、全部揃えるとちょっと目がくらみますね。どうしても読みたければ、国公立図書館で入れてもらって読むのが吉かな。

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2007-07-29

そこらにある書物

いや〜、びっくりした。
 加藤純章『経量部の研究』1989 春秋社
って、
 そこらにある書物
だと思っていたら、京大には所蔵がなくてショック。なぜないかという理由は大体分かるが。予算執行が遅いので、買いそびれたというのがたぶん一番真実に近そうだ。
一番近場は、龍谷大学大宮図書館だけど
 禁帯出
なので、直接見に行かなくてはいけない。その前に
 身分証と資料利用依頼書
が必要だ。資料利用依頼書はどこから出してもらうのが一番早いかな。

普通のありふれた書物だと思っていたから、これには驚いた。大学の所蔵一覧を見ても、NIIで18件しか引っかからない。出身大学の東大にもないみたい(単にNIIに登録してないだけかも知れないけど)。ある意味凄い。
東大学内OPACを引いてみても、やっぱり『経量部の研究』はない。『大智度論』の科研報告書は収蔵されてるのに、これは一体何?
だって、『経量部の研究』って、東大で学位を取った後に、学位論文を出版したものじゃないの?
謎すぎる。

続き。
先輩に聞いたら
 あ〜、あれ、オレも持ってないんだ
とのこと。
 評判が良くて、あっという間に売り切れ。部数が少なかったみたいだし、再版してない。
頼むよ、春秋社。再版掛けてよ。
ある程度の年齢以上の研究者だと、たぶん著者から贈呈されているから、別段図書館になくてもいいや、というありがちなパターンで
 東大と京大に収蔵されてない
わけですな。89年だと、ちょうど
 昭和23年組
と呼ばれる
 旧制高校出身、旧制・新制大学ごちゃまぜ
の教官が退官した年で、89年春の図書購入時期はまだ混乱があったはず。この書籍は
 1989年2月20日
に出ているので、88年、すなわち昭和63年度分の図書予算を使い切った研究室が年度末購入を諦め、新年度の始まる4月以降に購入手続きを取ろうとしても、版元品切れ再版なしで売り切れていたんだろうな。
仏教論理学を研究するための基本図書なのに
 大学にあまり所蔵されてない
という、ちょっとかわいそうな書籍だ。

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2007-07-28

仕事の日々

夏休みは、仕事をやっつける時期だ。
その上、急に論文を書くことになり、準備に追われている。8月中には、別に一本書かなくてはいけない。
9月と11月には学会発表もある。

論文モードになると、昼夜がなくなる。逆転するのではなく、
 眠いときに寝て、起きたら作業を続け、適当に食事を取って、疲れたら眠る
というサイクルを一日に何回か繰り返す。
月曜日には、京都で調べ物をしなくてはいけないから、暑い中を出かけられる程度には体力を残しておかないとなあ。国会図書館関西館に同じ資料があれば、明日出かけよう。
と、思って調べたら、やっぱり国会図書館にはなかった。人文研まで行かないとダメなようだ。

お盆休みは図書館も閉まってしまうので、ちょっとだけ横浜に帰ろう。

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2007-07-27

古典学の衰亡

昨日は京都に出かけ、人文研で雑誌をコピーさせていただく。武田先生、お忙しいところをありがとうございました。
その後は文学部図書館に行き、卒業生用カードを作る。名前は
 文学部図書館
だが、電話すると
 文閲です
という答えが返ってくる。哲閲・史閲と三つが合体した形だが、代表名は文閲だ。
 すぐに書庫には入れます
というので、入ろうと思って、ふと見ると、日文研でお世話になった司書の方が文学部図書館に異動されていた。今年の4月からだとか。博論作成時には資料集めに尽力していただいたお一人である。

書庫に入って愕然とした。かつて
 支哲文(戦後は中哲文。史部の書籍はB分類で以前は史閲に置かれていた。現在でも本棚の場所が違う)
と言い習わされて、旧文閲の3階、書庫の扉を入って右側の大量にあった中国古典の書籍が、同じように書庫の扉のすぐ後ろに並んでいるのだが、明らかに
 最近、あまり図書を利用した形跡がない
のだ。つまり
 棚が死んでいる状態
なのである。京大文学部図書館の書庫に入ったことのある人なら知っているが、京大の中哲文は
 線装本が大量にある
のだ。世界で唯一と言っていい、
 聴講生以上の身分があれば、書庫で明代以降の貴重本でない刊本は普通にコピー閲覧できる図書館
なのである。それが明らかに最近触られた形跡がないのである。

理由はいくつかある。
1. 中国・台湾・香港でテクストの電子化が進み、直接、書物を手に取らなくても、調べ物が出来るようになった
2. 古典学を志す学生が減った
などだ。一番大きな理由は1だろう。
池田秀三先生のところにお伺いしたら、
 ぼくも最近はコンピュータの中のテクストを切り貼りしてるよ
と仰っていた。池田先生のような鴻儒がカットアンドペーストで十三経を利用されるのは、問題ないのだが、
 きちんと句読を打てない、学部生・修士レベルの院生が、他人の作った電子化テクストで論文を書く
のは、
 読解力がないまま、切り貼りするだけ
になるので、大いに問題がある。
要するに
 読めないままに、テクストを貼り付けて、分かったつもりになる
わけで、これは
 古典学の衰亡
以外の何者でもない。

池田先生は
 最近、経学が残っているのは世界で京大だけだというお墨付きをもらった
と、冗談交じりに仰っていた。確かに、
 漢代の礼制について議論する授業
を毎年開講して、学生が清代考証学と同じ手法でテクストを読むなんて悠長なことは、他大学では認められないだろう。今は
 国際化
とか
 いかにカネになるか
が、
 文系の学問の価値
を定めている、悪しき時代である。

特効薬というのは、毒薬である。その症状が出ているときにしか使えない。
いま、文系に
 カネになる、国際化する
という
 特効薬的な役割を求める
のは、もともと、
 養生術のように、穏やかな「効き目」
で命脈を保ってきた古典学に死をもたらすだけだろう。

古典学が失われるとき、それはたぶん遠くない。
古典学が失われるのは、人類の歴史上、初めてのことではないが、今回の衰亡は
 次の復活はないかもしれない
という漠然とした不安を起こさせる。

池田先生は
 修論までは手で書くようにせんと、あかんなあ
と仰っていた。わたしも同意見だ。ここまでテクストの電子化が進むと、先祖返りにはなるのだが、
 手書き
にしないと、身体で覚えない。
わたしが学部にいたころは、電子化なんてまだまだ先のことで、泣きながら全文を手で打つのが普通だった。それでも
 手で書いて覚えろ派
もいた。電子化を自分でする分には構わないが、他人の作ったテクストをそのまま持ってきて切り貼りするだけなら、全然勉強にはならない。そもそも
 テクストの中身を理解
できないだろう。
電子化テクストを使うなら、ある程度読めるようになってからじゃないと逆効果だ。

確かに電子化テクストは便利だが、本来の目的である
 テクストを読む行為
は、以前と同じように時間のかかる営みなのだ。

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2007-07-25

薄毛・禿を治す@医心方

夏休み集中
 『医心方』研究会
は、八月に2回ある予定。
巻四の頭からだというので、昔台湾で出た影印版を開くと、いきなり
 治髮令生長方第一(髪を生長させる治療法)
からだ。
以下
 治髪令光軟方第二(髪に光沢を持たせ、柔らかくする治療法)
 治髮令竪方第三(髪の根元をしっかりさせる治療法)
 治白髪令黒方第四(白髪を黒くする治療法)
 治鬢髮黄方第五(鬢の髪が黄ばむものの治療法)
 治鬢髮禿落方第六(鬢の髪が禿げて落ちる症状の治療法)
 治頭白禿方第七(皮膚が白くなる禿の治療法)
 治頭赤禿方第八(皮膚が赤くなる禿の治療法)
 治鬼舐頭方第九(鬼舐頭=円形脱毛症の治療法)
 治頭焼髪不生方第十(火傷してできた禿の治療法)
 治眉脱令生方第十一(眉が抜けたのを生やす治療法)
 治毛髪妄生方第十二(毛髪がやたらに生える症状の治療法)
と続く。
『医心方』の書かれた時代は、984年すなわち平安時代で、安倍晴明と同時代だ。当時は
 男性も髪を長く伸ばして、髷を結い、冠をかぶった時代
である。従って
 禿や薄毛、髪が伸びないと、大変困った
のだ。今より
 禿や薄毛に対する意識が強かった
と言っていいかもしれない。

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2007-07-24

夏休みの研究会

今日はこれから『春秋繁露』班。『五行大義』に比べれば、『春秋繁露』はまだ楽だ。
今日は「四祭篇」の予定。
『春秋繁露義證』とちょっと大きい『春秋繁露校釋』を持って京都へ。今日のおまけは『白虎通疏證』。後は重いからやめとこうっと。『春秋董氏學』くらいは持っていった方がイイのかな?と思ったら、『春秋董氏學』はどこかに埋もれている模様。ううむ、去年の夏だか冬だかに勉強しようと思って、書庫から出した後にどこかへやったな。これはしばらく出てこない悪寒。
最近、本を戻すのを忘れると、エライ目に遭う。

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