2012-05-27

レオナルド・ダ・ヴィンチ『解剖手稿』岩波書店 1982年@京都大学附属図書館に鉛筆で訂正が入っている件

必要があって、岩波が1982年に出した
 解剖手稿(An):ウィンザー、王室図書館、約400頁。
 岩波書店刊、B3版変形(44.8×31.3cm)、ファクシミリ201葉+日本語本文1,058頁、
 全3分冊・別冊1、定価1,545,000円
を、京大附属図書館で閲覧した。

これは本文部分は
 レオナルドの鏡文字を翻刻+日本語訳
という体裁なのだが、なんと
 翻刻部分の間違いを訂正している箇所があちこちにある
ことに気がついた。
なんせ
 本体価格が150万円を超える超豪華本
なので、岩波が正誤表を出したかどうかは知らない。知らないのではあるのだけど
 誰かが、レオナルドの手稿の綴りの誤りを鉛筆で丹念に直している
のである。手稿によっては
 推定される作成年代
まで入っている。

あの様子だと、岩波の150万円を超える限定版は、結構綴りが間違っているようだよ。

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2012-05-11

森銑三・柴田宵曲『書物』岩波文庫 緑153-1

戦時下の昭和18年に初版が出、戦後の昭和22年に増訂改版が出された
 森銑三・柴田宵曲『書物』
を発掘して、手に取っているところ。昭和18年頃、何があったんだか
 戦時下で状況は逼迫しているのだが、なぜか良書がいくつか出る
のだが、これもその一つといっていいのかも。増訂改版の森銑三の序を読むと、昭和20年、森銑三は蔵書をすべて戦災で失ったことが記されている。
解説は中村真一郎が書いているのだが、奥付を見てはっとした。
 1997年10月16日
となっている。中村真一郎はこの年の12月25日に亡くなった。とすると、この解説は、中村真一郎最晩年のものということになる。

昭和18年〜昭和22年というと、今から60年以上前なのだが、現在の出版にも通じる、森銑三の鋭い指摘があるので、その部分を書き写して、以下に転載する。


著述家(pp.32-34)
(前略)しかしながらいつの時代にも重んずべき著述家は少くて、重んずるに足らぬ著述家が多い。徒に多くの書を著して、何一つ特に挙ぐべきもののない人もいる。己を養うことは一向にしないで、ただ出す方にばかり追われている人がある。書肆の註文に応じて時好に投じそうなものばかりをつぎつぎ著して、能事終われりとしている人もある。時勢が変わったからと、以前著した書物とは全然傾向を異にする書物を著して恬然としている人もある。そうかと思うと、十年一日の如く似寄りの書物を何部でも何冊でも著して、端目からはよくも飽きないことだと思われる人もある。自分には何ら硏究することもなくて、ただ先人の著書に述べてあるところを書直して、一時を糊塗している人もある。努力だけは認められても、独創を全く欠いている人もある。質よりも量のある書物を拵えることに依って、自己の存在を認められようとしている人もある。影武者を使った代作の書物をつぎつぎと版にして、自ら大家を以て任じている人もある。(略)
 一口に著述家という内にも、大いに尊敬に値する人と値しない人と、あるいはかえって軽蔑に値する人とがあるわけである。多く売れた書物、評判になった書物の著者が尊敬に値する人で、売れなかった、問題にもせられなかった書物の著者が軽蔑に値する人だなどとはいわれない。かえってその反対の場合もあろう。著述家という内にも種々雑多な人がいる。私等に何人が真に尊敬に値する著述家か、その一事に注意を払うべきである。世間の評判には捉われずに、己の眼を以てそれを知ろうと努むべきである。(以下略)

肝に銘じたい。

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2012-04-24

国立公文書館へ行く

月曜日に東京で調査というと
 国立公文書館も対象になる
のだった。
雨の中、竹橋の国立公文書館へ。1階で入館証を貰い、2階の閲覧室へ行く。
国立公文書館では
 事前に利用請求票の印刷
が出来るので、ここまでは家でやっておく。

久々に来た。前のカードの期限はとっくに切れているので、新たに利用申請をする。申請自体は極めて簡単。
書庫からは
 1回につき5点
が出てくる。今回は一枚物と言われる書状や書附が中心。しかも多聞櫓文書ばかり。
時間が掛かるかなと思ったが、案外あっさり出てきた。

国立公文書館のよいところは
 自分で、閲覧室でデジカメで撮影して構わない
というところで、気合いを入れて撮影する。書状等は折りたたんであるので、
 カウンターで「重し」を借りる
のが吉。端を重しで押さえて、平面にして撮影する。もちろん
 フラッシュ厳禁
だ。
一枚物の文書は、大型の封筒に入ってくるので、出すときも仕舞うときも気を遣う。
閲覧テーブルはひろびろとしていて、コンセントが付いているので、パソコンも自由に使える。

多聞櫓文書は、解読に時間が掛かるので、この日は10点だけ撮影。
次回上京したら、続きをやる予定。

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2012-04-17

『周礼』医師を読む

必要があって
 『周礼』医師
を読んでいるというか注を付けている。鄭玄注と賈公彦の疏でやってるんだけど、鄭注に
 孟子曰
として引かれている「書曰」が気に入らないな〜。賈公彦が偽孔伝でやるのは構わないとしてだ。鄭玄に偽孔伝を使うわけにはいかない。
偽孔伝だと
 説命
ですかそうですか。
この「書曰」の二文字が果たしていつ『孟子』本文に入ったのか、極めて気になる。(たぶん、どこかで議論があるだろうから、あとでゆっくり捜そう)もちろん、鄭玄が何を見たかが一番気になる。

で、薬の話が出てくるので、
 現物通し
で、生薬の写真やら解説やらも付けているんだが、こんなものを発見。
正倉院
正倉院のホームページにいつの間にやら
 宝物全検索機能
がついているではないか! 杉本さん、ありがとう!
当然ながら
 種々薬帳
に見える薬物等のカラー写真が掲載されていて、エライのは
 倉番とか寸法
も併記されていて、生薬なら
 今の何に相当するか
も記述されているところ。
 名前はこれだけど、同定できない
場合は、或案もついていてとてもエライ。

本当にこんな行き届いた制度が古代中国周の時代にあったかどうかは別として、少なくとも
 『周礼』医師は、古代中国における「医療福祉」に関する記述
なわけで、中国医学の医師、中医師を目指す、中国・香港・台湾の中医学生諸君は、医古文の授業で必ずこの輝かしい父祖の
 民に奉仕する医師について記述した『周礼』医師
を最初に読むことになっている。確かにこれを中医学を志す若者が読めば、奮起すること請合である。

日本では漢方医学だけでは医師免許が取れないので、
 『周礼』医師
は忘れ去られているけど、江戸医学館の心ある医師達はこの
 『周礼』医師
を、自らの医業の依って立つところとしてたみたいだよ。彼らの蔵書目録を繙くと
 『周礼』医師
の部分だけ、単行本として持っているのを目にすることがあるから。
 西洋から持ち込んだ「医療倫理」
もいいけど、たまにはアジアの「医療倫理」も勉強して欲しいものだが、残念ながら
 大学で医学生相手に「医療倫理」を教えている人の99%は五経を読みこなせるほどは漢文が読めない
と推察されるから、ムリだろうけどね。

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2012-04-14

幸田成友「凡人の半生」(『幸田成友著作集』第七巻所収 中央公論社1971)

幸田露伴の弟、幸田成友(1873〜1954 明治6〜昭和29)が少年〜青年時代を描いた、明治初期〜中期にかけての自伝。生家である幸田家の話から帝国大学卒業までを扱う。
原著は1948年刊の単行本。中央公論社の著作集(七巻+別巻一)の第七巻に入っている。

でもって。
 全八巻で送料込で10000円ポッキリ
という廉さに驚いた。ま〜、今の時代、幸田露伴もあんまり読まれないし、幸田成友に至っては、更に読まれないだろうな。書誌学に興味がある人以外は、幸田成友なんて名前も聞いたことないかも。
バラで買うより、一括で買った方が断然廉かったので、さっさと購入。

幸田成友の筆写本『文館詞林盛事』を今年初め、京大図書館で見たばかり。てか、
 地下書庫に普通に置いてある
のである。もっとも、『文館詞林盛事』の写本は、都立中央図書館本も見ないといかんのですがね。

それはともかく。この
 凡人の半生
は、滅法面白い。少なくとも
 教育史
を噛っている人には必読書でしょう。制度がめまぐるしく変わった、明治初期〜中期にかけての学制の変化と教育内容が当時の小学生〜中学生〜高校生〜大学生の立場できっちり描かれている。そういう意味で
 貴重な証言
だ。

幸田成友は
 東京商科大学教授
だったので、後身である
 一橋大学
には、蔵書の一部から成る特殊文庫
 幸田文庫
がある。
こちらは平成14(2002)年に一橋大学附属図書館で開かれた
 武家社会と江戸・大坂の経済― 幸田成友とその史料 ―
の紹介。

『文館詞林盛事』について言えば、京大に古典研究会の影印本がないっぽいので、ちと困っている。見たいのは附属の
 文館詞林解題(阿部隆一・尾崎康)
なんだけどね。京大の蔵書リストを検索した限りにおいて、阿部隆一には冷たいもんなあ。

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2012-04-09

国会図書館のデジタル化資料さらに充実 古典籍資料は約2万3000冊追加 官報が創刊号から 英文官報も

国会図書館エライ。
まずはアナウンスから。


国会図書館のデジタル化資料
お知らせ

2012-04-09・古典籍資料(貴重書等)に約2万3千冊を追加しました。うち約1万8千冊はインターネット公開しました。->閲覧
官報に明治16(1883)年7月2日~昭和27(1952)年4月30日分、約2万1千点を追加し、インターネット公開しました。->閲覧
また、これまで国立国会図書館内でのみ公開していた英語版官報約2千点を、インターネット公開しました。->閲覧

古典籍資料は何が増えてるかな? これから宝探し。

紹介記事。Internet Watchより。


国会図書館、官報のデジタル化資料をネット公開、明治16年の創刊号から

 国立国会図書館は9日、法令や国会の議事日程、叙位叙勲などを掲載する国の機関誌「官報」のデジタル化資料をインターネット上に公開した。明治16(1883)年7月2日の創刊号から昭和27(1952)年4月30日までの号外を含む官報を約2万1000点閲覧できる。
 また、すでに国会図書館内限定で公開していた英文官報「OFFICIAL GAZETTE : ENGLISH EDITION」(1946年4月4日から1952年4月28日の期間のみ刊行)を、日本語の官報の公開にあわせてネット上で公開する。
 このほか、約1万8000点の古典籍資料のデジタル化資料をネット上で公開したほか、4月11日からは自然科学分野の雑誌約19万冊のデジタル化資料、4月19日からは戦後期に刊行した社会科学分野などの図書約9万冊のデジタル化資料を館内限定で公開する。
 ネット公開した古典籍資料の中には、フランス人ジャイヨによる世界図を原拠とする平射図法の東西両半球図「地球全図」や、源義経の生涯を主題にした軍記「義経記」などが含まれている。
(増田 覚)
2012/4/9 12:28

ということのようですよ。

国会図書館のデジタル化資料は、利用許可もすぐに下りるので、非常に使いやすい。
まあ、
 一括ダウンロードできないのが難点
ではあるのだが。

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2012-03-31

「医学史」は片手間の学問か

日本では
 科学史や医学史
というのは、大学内でもメインストリームではなく、片隅に追いやられている印象がある。
医学史研究者は、時々プロパーの歴史研究者に
 医学史研究なんて年寄の医者の道楽
などという揶揄をされたり、胡散臭い目で見られることがある。でも、それは本当なのか。

敬愛する医学史・科学史研究者のblogを二つ紹介する。
慶應の鈴木晃仁さんの
 身体・病気・医療の社会史の研究者による研究日誌
東京外大PDの若い科学史研究者、坂本邦暢さんの
 オシテオサレテ

少なくとも、このお二人がやっていることは
 片手間の学問
ではない。欧米では科学史研究には長い伝統があり、かつ学問的地位が高く、このお二人のdisciplineもそれに基づいている。知人の科学史研究者は、ハーバード大学の出身だが、
 科学史では、激しい議論が出て当たり前
だという話をこのあいだ聞いたばかりだ。日本だと
 発表者の学力・人格を疑うような質問
は、学会では控えられる傾向があるが、その手の厳しい質問が国際的な科学史関連の学会では珍しくない、とのことだった。
 専門家が時間を割いて出席しているのに、その貴重な時間をムダにするような「発表」は糾弾されて然るべき
ということだろう。

原発の問題一つを取り上げるにしても、
 成熟した科学史の観点からの議論
というのがほとんどなかった日本では起きるべくして起きた部分がある。欧米では科学史研究者は、アカデミックな世界だけでなく
 報道・出版の分野
にもたくさんいて、何か科学や技術に関した問題が起きた際には、専門家としてその問題を取り上げ、普通の人に、科学的に誤りなく、的確かつやさしく説明できるシステムができあがっている。
日本では
 文系出身で、なんの科学的思考や叙述の訓練も受けてない、ズブの素人の「自社の記者」が原発記事を書いたりしている
のとは大違いだ。
最近は欧米は、新聞記者のクビを切っているから、以前よりはこうした
 すぐ科学関連の専門記事が書ける人材
を、社内に置いているとは限らないが、社外には、すぐ連絡できて、確実かつ適切な記事を書くことの出来る筆者がいる。もちろん彼らは
 科学史関連の博士号や修士号を持っている筆者
だ。

なお、鈴木晃仁さんが、年末に慶應日吉キャンパスで開かれる
 アジア医学史学会演題募集
を呼びかけている。
 発表は英語
だ。国内で英語で医学史の研究発表が出来るチャンスなので、特に若い研究者には積極的に参加して欲しい。

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2012-03-24

藤實久美子『江戸の武家名鑑 武鑑と出版競争』歴史文化ライブラリー257 吉川弘文館 2008 1700円

江戸時代の武鑑といえば、民間の出版ながら、幕府や諸大名・幕臣の動向を知るためには欠かせない史料である。その武鑑をひたすら研究されている藤實久美子氏の武鑑案内というのか、武鑑を巡る出版動向に焦点を当てたのが本書だ。
内容は、深井雅海・藤實久美子『江戸幕府役職武鑑編年集成』(全36卷)に付された解題・解説を更にまとめた、という印象。読みやすさはどちらが上かというと、本書よりは『江戸幕府役職武鑑編年集成』の方が勝る。『江戸幕府役職武鑑編年集成』は共著なので、そのせいかな?
本書の文体は、文体を云云する類ではなく
 百科事典の解説文体
なので、あっという間に読める。ただ
 武鑑って何?
という疑問に端から端まで答えてくれているか、というとやや疑問が残る。藤實氏があまりにも武鑑にのめり込んでいるので、初学者への親切さを欠いているというところがあるのかも。もっと、一般的な平易な解説部分があった方がいい。

『江戸幕府役職武鑑編年集成』の解題・解説部分だけ、出版してもらえないものかなあ。

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2012-03-09

東大史料編纂所の「近世編年データベース 」内『東京市史稿』でお悩みのあなたへ

専門が近世史でも近代史でもないのに、このところ近世・近代の史料を集めて四苦八苦している。まあ、こういう
 門外の史料をこなす
のには、先達があらまほしいのだが、周囲には古代史の専門家はいても、近代近世の専門家は寥々たるもので、なおかつ質問をするのは憚られる
 エライ先生方
だったりする。
しょうがないから
 ともかく体当たり
という極めて効率の悪いことをやっている。
 習うより慣れろ
というわけだ。

で、
 東大史料編纂所

 大日本史料総合データベース
 近世編年データベース
 維新史料綱要データベース
 近世史編纂支援データベース
にそれこそ時時(じじ)お世話になっている訳なんだが、この中でも
 近世編年データベース
に入っている
 『東京市史稿』
の使い勝手が極めて悪い。なぜかというと
 あるデータがヒットすると、そのデータが含まれている最初の項目を表示する仕様
になっているからで、しばらくめくらないと出てこない上に、
 原本がデータを継ぎ足し継ぎ足し編輯されている
という極めて見通しの悪いものなので、困っていた。

何の気なしにググってみたら、あるじゃん、東京都とってもエライ!
東京市史稿 - 江戸東京の歴史を史料でたどる
ここに、
 『東京市史稿』のインデックス
が入ってるのだ! ありがとう、東京都。
これで、
 画像データのダウンロードの手間が短縮できる
わけ。

ということで、日本中にそんなにいないと思うけど
 『東京市史稿』の構成は一体どうなってるんだ
と途方に暮れているあなた、このインデックスを使えば、『東京市史稿』はあなたの忠実な僕に。結構、普通に見ようと思うと見るのが面倒な史料がてんこ盛りに入ってるので、『東京市史稿』自体はとってもよいものなのだが、いかんせん
 設計仕様がアレ
なのよ。ま、上記リンクでも書かれているように


東京市史稿は、明治44(1911)年以来、現在も刊行が続いている江戸・東京の歴史に関する資料を年代順にまとめた、編年体の史料集です。
タイトルが「東京都史」ではなく「東京市史」とあるのは、旧東京市時代の明治34(1901)年に、「東京市の歴史」を執筆するための史料集として編さん事業が開始されたからです。
昭和18年に東京都となった後も、タイトルを変えずに、現在まで刊行を続けています。

という
 息の長い
というか
 相当無茶な編集
なので、どうしても
 設計がアレな部分
が出てきてしまうわけ。てか
 1911年

 2012年
じゃ、書物の編集方針も変わっちゃうのが当たり前。ま、先人の血と汗の結晶を、うまく使いましょう。

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角大師のお習字

角大師というとこれである。画像はWikiコモンズから拝借。
Ryogen1

正月三日に示寂したことから、
 元三大師
という呼び名の方がポピュラーな、比叡山中興の祖
 慈恵大師良源
である。

調べ物をしていて
 慈恵大師良源が写した「紺紙金泥長寿命経残本」
なるものが幕末にあったことになっていることがわかったんだけど、いまでもこれは残っているのかしら。真蹟かどうかは別として。

上の画像の左側が
 元三大師の中の人
なんだが、どうも
 角大師
と呼ばれる関係で
 右の方が「中の人」
と思われているフシがある。たしかに、左の方の「本当の中の人」が写経しててもそうファンキーではないけど
 角大師がお習字
してたら、それはそれで
 なかなかキュートなビジュアル
だ。誰かイラストにしてくれないかしら。
ちなみにこちらが「角大師」
Photo
こちらが「鬼大師」
Photo_2
である。
いずれも、比叡山に参詣したときに頂いてきた「角大師」「鬼大師」。このかわいらしさが、堪りません。

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